君の声が聞こえる
「そんなに言うなら、勝負してください」

 水泳が大好きだったのに。愛していたのに。
 彩花のその気持ちを過去形になんてしたくない。
 水泳が大好きだった彩花の心の声が聞こえるのは自分だけだ、彩花がどれだけ水泳を愛しているかをわかるのも自分だけだ。

 自分は彩花のために泳げるようになった、彩花は美しい世界を見せてくれた。
 彩花のあのクロールはどれだけ努力を重ねて作り上げられたものだろう。
 ほんの一週間だけしか水泳をやっていない駆琉だからこそ、彩花がどれだけ泳いできたかを理解できる。


だから彩花の過去を、
彩花の努力を、
彩花の水泳を、
彩花の水泳への思いを。

惨めだなんて、誰にも言ってほしくない。


「アナタより速く泳げたら、安西さんには近付かないで」

 いいよ、と彼女は笑った。
 意地悪そうにニヤリ、と。

「でも私と勝負なんて君が可哀想。安西みたいに敵前逃亡されたらイヤだし、前田との勝負って言うのはどう?」
 2人の坊主頭のうち、小柄な方が「もちろん」と頷く。
 男性にしては小柄で160センチちょっとほどの身長の彼は、女子生徒よりも小さいくらいだった。
 身長で10センチほどハンデがあったって、初心者の自分が勝てるだろうかーーー……駆琉の頭に一瞬だけ「無理だ」という言葉がよぎったが、すぐに追い出した。
 彩花のことを惨めだとか、負け犬だとか言われて黙ったままでいることの方が無理なのだから。

「そちらがいいなら、僕だってそれでいいです」
「じゃあ前田の種目ってことでいいよね」
「いいですけど……」
 種目?
 駆琉が眉を寄せると、意地悪く笑っていた彼女はやっぱり気どった声で言った。

「200メートル自由形」

 200メートル?
 血の気が引いていくのを、駆琉ははっきりと感じたーーー……。
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