君の声が聞こえる
「ああ、月曜日か……」
月曜日はどうも気だるい。
日曜日にはスイミング同好会の練習がなかったせいで、彩花がどんな気持ちだったのかとわからなかった。
もしかして彩花は総合体育館のプールに行っているのではないかと少し思ったがーーー……土曜日の練習を、彩花と何となく気まずいまま終えたせいだろうか。駆琉は見に行くことができなかった。
(安西さんから話しかけてきてくれたらなぁ)
それか、彩花の声が聞こえたらいいのに。
君の心の声が聞こえたら、何を考えているかがわかるのに……。
「奏くん!」
そう呼ばれて、駆琉は勢いよく振り返る。
彩花に呼ばれたと思ったからだ。
しかしそこに立っていたのは、彩花よりも幾分か小柄なクラスメート。
彩花の親友で、小柄ながら女子バレー部に所属している希子だった。
「あ、え、っと、どうしたの」
「彩花がスイミング同好会に入ったってほんと!?」
彩花かもしれない、と振り向いて希子だったことに、駆琉はほんの少しだけガッカリしてしまった。
ガッカリしてしまったことが希子に対して失礼だと瞬時に理解し、駆琉は慌てて取り繕ったがクラスメートは駆琉の「ガッカリ」なんて聞いていなかったようだ。
小さな身体にオーバーアクションを交え、跳び跳ねながら尋ねてくる。
「え、うん」
「やったーー!」
通学路の真ん中で、希子は両手をあげた。
強引に駆琉の手をとって握手をすると、希子はまたピョンピョンと飛び跳ねる。
「やっぱり彩花は泳いでる姿がカッコいいと思うの! 昨日さ、彩花から『水泳再開したよ』って来て、冗談かと思ったんだけどね! ほんとだった! すっごく嬉しい!」
にっこーーーと、小さな顔をくしゃくしゃにして笑って。
希子は「嬉しいの!」と繰り返した、まるで自分に説明するかのように。
「私が嬉しがる権利はないのかもしれないけど……」と、希子は聞こえないくらいの声で囁く。
(そんなこと、気にしなくていいのに)
彩花が水泳をやめたのは自分のせいだ、と希子はずっと思っていた。
プレッシャーに押し潰されてしまいそうになっていた彩花に「そんなに苦しいなら水泳をやめたら」と言ったから、と。
本当に彩花のことを思って言った台詞ではなく、彩花を羨ましいと1%でも思いながら言ってしまった言葉だからーーー……希子は、彩花が水泳をやめたことをずっと気にしていた。
(多分、安西さんだって嬉しいはずなのに)
本当は水泳を愛しているのに水泳をやめた彩花と、彩花の泳ぐ姿が好きなのに水泳をやめることを勧めた希子。
愛してるなら彩花に水泳を続けてほしい、と駆琉は願って、ようやくその願いは叶えられた。
本当は自分だって、希子みたいに跳び跳ねながら喜ぶべきなのかもしれない。
(でも僕は……本当に安西さんを水泳に戻してよかったのかな、って思ってるから)
素直に喜べない。
彩花は泳ぐ度に「違う」とか、「全然ダメ」と心の中で呟いて苦しそうだから。
ずっと彼女は呪文を呟いているから。
彼女の心の声が、駆琉にだけ聞こえてしまうから。
(本当に、僕はーーー……)
「スイミング同好会って今日も活動してるんだよね! 2階から見学できるよね! 絶対に見に行くからねっ!」
思い悩む駆琉とは裏腹に、希子はそう早口で告げると学校に向かって駆けていった。
行動や話し方も含め、小動物みたいな人だなぁ、なんて駆琉は思う。
ガッカリに続き、これも失礼なことだったかもしれないと頭から振り払った。
(そうだよね、親友が見たら安西さんは楽しそうって思うかもしれない。僕にはそう聞こえるってだけで実際は何でもないことなのかも)
きっとそうに違いない、と自分を言い聞かせて。
駆琉もゆっくりと学校に向かった、さっきよりも身体が気だるい気がする。
具合が悪いとかではなくて、これはーーー……ああ、本当はわかっているのだ。彩花が「全然ダメ」と思いながら泳いでいて、その姿を希子に見せることになってしまう。
そうしたらきっと、希子はまた悩むだろう。
自分が駆琉に相談したから駆琉は彩花と取引して、彩花は「本当は泳ぎたくなかったのに」水泳に戻ってきてしまった、と。
彩花は水泳を愛してる。
それは駆琉だからこそわかること。
彩花の心の声が聞こえるから、彩花がどれだけ水泳を愛しているかがわかる。
けれどそんなこと、駆琉以外の誰がわかるだろう?
希子はまた悩み、親友が悩んでいることに気付いて彩花も悩む。
もしかしたら彩花はまた水泳をやめてしまうかもしれない、今度こそ完全に。
(ああ、やっぱり僕は安西さんと取引すべきじゃなかったんだ)
彼女はなんで泳ぐの。
彼女はなぜ、ダメだと眉を寄せるの。
彼女はどうして、水泳を愛しているの。
(あんなにもキラキラした世界だったのに、まるで真っ黒に染まってしまったみたいだ)
頭の中で、人魚姫となった彩花が咳き込む。
夢を叶えることができなくて、泡となって消えてしまった哀れな人魚姫。
1度、ヒトになることを選んだ人魚姫は「夢が破れたから」と言って人魚に戻ることはできるのだろうか。
(もしできないのだとしたら、僕は)
「ヒト」と成ったお姫様の手を引き、深海へと連れ戻してしまった。
息もできず、泳ぐこともできず、涙すら泡となる深海へ。
(安西さんの心の声が聞こえたらいいのに)
たまに聞こえるだけじゃわからない、君の全ての声が聞きたいんだ。
月曜日はどうも気だるい。
日曜日にはスイミング同好会の練習がなかったせいで、彩花がどんな気持ちだったのかとわからなかった。
もしかして彩花は総合体育館のプールに行っているのではないかと少し思ったがーーー……土曜日の練習を、彩花と何となく気まずいまま終えたせいだろうか。駆琉は見に行くことができなかった。
(安西さんから話しかけてきてくれたらなぁ)
それか、彩花の声が聞こえたらいいのに。
君の心の声が聞こえたら、何を考えているかがわかるのに……。
「奏くん!」
そう呼ばれて、駆琉は勢いよく振り返る。
彩花に呼ばれたと思ったからだ。
しかしそこに立っていたのは、彩花よりも幾分か小柄なクラスメート。
彩花の親友で、小柄ながら女子バレー部に所属している希子だった。
「あ、え、っと、どうしたの」
「彩花がスイミング同好会に入ったってほんと!?」
彩花かもしれない、と振り向いて希子だったことに、駆琉はほんの少しだけガッカリしてしまった。
ガッカリしてしまったことが希子に対して失礼だと瞬時に理解し、駆琉は慌てて取り繕ったがクラスメートは駆琉の「ガッカリ」なんて聞いていなかったようだ。
小さな身体にオーバーアクションを交え、跳び跳ねながら尋ねてくる。
「え、うん」
「やったーー!」
通学路の真ん中で、希子は両手をあげた。
強引に駆琉の手をとって握手をすると、希子はまたピョンピョンと飛び跳ねる。
「やっぱり彩花は泳いでる姿がカッコいいと思うの! 昨日さ、彩花から『水泳再開したよ』って来て、冗談かと思ったんだけどね! ほんとだった! すっごく嬉しい!」
にっこーーーと、小さな顔をくしゃくしゃにして笑って。
希子は「嬉しいの!」と繰り返した、まるで自分に説明するかのように。
「私が嬉しがる権利はないのかもしれないけど……」と、希子は聞こえないくらいの声で囁く。
(そんなこと、気にしなくていいのに)
彩花が水泳をやめたのは自分のせいだ、と希子はずっと思っていた。
プレッシャーに押し潰されてしまいそうになっていた彩花に「そんなに苦しいなら水泳をやめたら」と言ったから、と。
本当に彩花のことを思って言った台詞ではなく、彩花を羨ましいと1%でも思いながら言ってしまった言葉だからーーー……希子は、彩花が水泳をやめたことをずっと気にしていた。
(多分、安西さんだって嬉しいはずなのに)
本当は水泳を愛しているのに水泳をやめた彩花と、彩花の泳ぐ姿が好きなのに水泳をやめることを勧めた希子。
愛してるなら彩花に水泳を続けてほしい、と駆琉は願って、ようやくその願いは叶えられた。
本当は自分だって、希子みたいに跳び跳ねながら喜ぶべきなのかもしれない。
(でも僕は……本当に安西さんを水泳に戻してよかったのかな、って思ってるから)
素直に喜べない。
彩花は泳ぐ度に「違う」とか、「全然ダメ」と心の中で呟いて苦しそうだから。
ずっと彼女は呪文を呟いているから。
彼女の心の声が、駆琉にだけ聞こえてしまうから。
(本当に、僕はーーー……)
「スイミング同好会って今日も活動してるんだよね! 2階から見学できるよね! 絶対に見に行くからねっ!」
思い悩む駆琉とは裏腹に、希子はそう早口で告げると学校に向かって駆けていった。
行動や話し方も含め、小動物みたいな人だなぁ、なんて駆琉は思う。
ガッカリに続き、これも失礼なことだったかもしれないと頭から振り払った。
(そうだよね、親友が見たら安西さんは楽しそうって思うかもしれない。僕にはそう聞こえるってだけで実際は何でもないことなのかも)
きっとそうに違いない、と自分を言い聞かせて。
駆琉もゆっくりと学校に向かった、さっきよりも身体が気だるい気がする。
具合が悪いとかではなくて、これはーーー……ああ、本当はわかっているのだ。彩花が「全然ダメ」と思いながら泳いでいて、その姿を希子に見せることになってしまう。
そうしたらきっと、希子はまた悩むだろう。
自分が駆琉に相談したから駆琉は彩花と取引して、彩花は「本当は泳ぎたくなかったのに」水泳に戻ってきてしまった、と。
彩花は水泳を愛してる。
それは駆琉だからこそわかること。
彩花の心の声が聞こえるから、彩花がどれだけ水泳を愛しているかがわかる。
けれどそんなこと、駆琉以外の誰がわかるだろう?
希子はまた悩み、親友が悩んでいることに気付いて彩花も悩む。
もしかしたら彩花はまた水泳をやめてしまうかもしれない、今度こそ完全に。
(ああ、やっぱり僕は安西さんと取引すべきじゃなかったんだ)
彼女はなんで泳ぐの。
彼女はなぜ、ダメだと眉を寄せるの。
彼女はどうして、水泳を愛しているの。
(あんなにもキラキラした世界だったのに、まるで真っ黒に染まってしまったみたいだ)
頭の中で、人魚姫となった彩花が咳き込む。
夢を叶えることができなくて、泡となって消えてしまった哀れな人魚姫。
1度、ヒトになることを選んだ人魚姫は「夢が破れたから」と言って人魚に戻ることはできるのだろうか。
(もしできないのだとしたら、僕は)
「ヒト」と成ったお姫様の手を引き、深海へと連れ戻してしまった。
息もできず、泳ぐこともできず、涙すら泡となる深海へ。
(安西さんの心の声が聞こえたらいいのに)
たまに聞こえるだけじゃわからない、君の全ての声が聞きたいんだ。