君の声が聞こえる
『ダメ。全然ダメ』
「なぁなぁ駆琉少年、リレーのメンバー勧誘できた?」
『こんなのじゃダメ』
「はい。九条 勇介って友人が、フットサル部と掛け持ちでいいならリレーだけ手伝ってもいいよ、って」
『どうして、泳げないの、ダメ』
「フットサル部かー! 絶対にそいつリア充やな!」
『ダメ。こんなのじゃダメ』

 放課後のプールで、彩花の心の声と若葉の声が交錯する。
 落ちてくる彩花の声を聞きながらも、駆琉は「髪の毛は金色ですよ」なんて、何でもない会話を続ける。
 昔から彩花の心の声は聞こえていたのだから、何でもない会話を続けながら聞くことなんて容易い。

「金色やばいな! 私も金色にしようかなー」
「キシキシになりますよ、きっと。じゃなくて、リレーに出るためにはあと1人ですね」
「うん、そのことなんやけど」
 自らのショートカットの髪を触っていた若葉が、へらりと笑う。
 若葉がこうして笑うときはろくでもないことを言ってくるときだ、短い付き合いだが駆琉は既にそれを理解していた。

(けど、逃げ場が、ない!)
 既に彩花は泳いでいるし、フットサル部と掛け持ちでリレーの助っ人に来てくれることとなった勇介はここにいない。
 目の前には若葉。逃げる場所なんてなかった。

「日曜に私も考えたんやけど、やっぱり駆琉少年が出るんはどうやろ? ええと思うねん」
 やっぱり若葉はろくでもないことを言ってきた。
 けれど実はそれを言われたのは今日だけでも2回目だ、駆琉は1回目のときのことを思い出すーーー……。



「え、リレーだけスイミング同好会の手伝い? 全然いいよー!」
「かっるい!」
 登校して早々、駆琉は勇介に背泳ぎが出来るかを確認した上で「GWの大会のリレーの助っ人になってほしい」とお願いしたのだった。
 それに対する返事が、これ。
 悩むこともなく、勇介は実にあっさりと承諾してくれる。

「ほんとに大丈夫!?」
「オッケーオッケー! 他校の女子と知り合うチャンスじゃん、ラッキーって感じ。で、4人で1チーム? 男女混合? いいね!」
 ぐ、と親指を突き立ててくる勇介に多少イラッとしてしまった駆琉だったが、何とか作り笑いを浮かべることには成功した。
 駆琉の笑顔を見て勇介が親指を下ろし、「ごめん」と言ったので作り笑いがきちんと出来ていた自信はなかったが。

「女子は平泳ぎとクロールで、これはスイミング同好会の会長と安西さんが出場する予定。で、男子は背泳ぎとクロールで、これは……」
「俺と駆琉っちってことだろ、了解!」
 買ってきたばかりの少年誌を開きながら、勇介は人懐っこい笑顔。
 駆琉は思わず苦笑いを作ると、「自分は出場しない」と伝えた。

「え、何でスイミング同好会の人間なのに駆琉っちが出場しねぇの?」
 意味がわからない、と勇介は付け足した。
 だから駆琉は勇介のその台詞に「自分が出場しない理由」を付け足していく。

「だって」

「だって僕は水泳を始めたばかりだから」
「だって勝負するなんて怖いから」
「だってクロールをまだきちんと泳げないから」

 けれど駆琉が付け足した理由に、勇介は1つ1つ言い返してしまうのだ。

「水泳始めたばかりって何の問題があんの?」
「勝負が怖いなら慣れねぇとダメなんじゃねぇの?」
「GWまでに練習したらいいじゃん」

 全てが全くその通りで、駆琉は結局どうしようもない「本音」にたどり着いてしまう。
 けれどその「本音」は酷くカッコ悪くて、どうしたって誰にも言えやしないのだ。

「……安西さんもそう言うけど、僕はリレーに出たくないんだ」
 こんなことを言うとどう思われるだろう。
 しかし意外にも、勇介はあっさりと「そっか」と言った。
「イヤなら仕方ねぇよな、強制するもんじゃねぇし」
「え?」
「部活だったら出なきゃいけねぇかもだけど、同好会でレクレーションならいいんじゃねぇの?」
 そっか、そんなものなんだ。
 自分がイヤってことを言うと理解してくれる人もいるんだ。



「でも、僕、あの……やっぱり、リレーに出るのはちょっと……」
「何でそんなにイヤなん?」
 若葉が首を傾げる。
 駆琉の中のどうしようもない「本音」が首をもたげ、駆琉を睨み付ける。

だって。

「……こんな気持ちで出場したら迷惑がかかりますし」
「そんなん全然迷惑じゃないで。ほんたレクレーションやし、駆琉少年もスイミング同好会やし」
 この「本音」は誰にも口にしたくない。
 本当に情けなくて、カッコ悪くて。

 駆琉が何も言えないでいると、若葉が眉を寄せてから「まぁでもしゃあないか」と呟いた。
「強制するもんじゃないよなぁ、出んでもかまへんってやつやし」
「強制にしちゃったらどうですか」
 後ろからの声。ついさっきまで泳いでいたはずの彩花が腕を組み、駆琉を見返している。

「奏くんが出るって言えば出場できるのに」
(だって)
「スイミング同好会なんだから出場したらいいのに」
(だって僕は)
「レクレーションなんだし、きっと楽しいよ」
(僕だってそんなこと)
「せっかくスイミング同好会なのに」
(だって)

だって。
もう君にカッコ悪いところを見せたくない。
だって僕は君が好きだから。

「安西さんには僕の気持ちなんてわからないよ」
 彩花が驚いた様子で駆琉を見て、何度かまばたきをした。
 言ってしまってから駆琉はすぐに我にかえる、同じような台詞を彩花が言っていたっけ。

(僕の声は君に聞こえない、君の声は聞こえるのに)
 情けなくて、カッコ悪くて。
 心の声が聞こえなくてよかった、と駆琉は思う。
 けれど同時に彩花に自分の声が聞こえていたらこんなことにはならなかったのに。

「すみません、今日は帰ります」
 彩花が困ったように眉を寄せている姿を見て、駆琉は何も言えなくなった。
 そして逃げるようにプールから出ていく、ここにいたくなくて。

(ああ、僕は)
 やっぱり情けなくて、カッコ悪い。
 こんな僕を君が好きになってくれるわけがない。
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