君の声が聞こえる
第四章
この世界は君のもの。
キラキラとして輝いていて、美しい。
君の声が聞こえる。
僕の声が、聞こえる?
1
「大丈夫だーーって、駆琉っち! リラックス! 50メートル泳いだらいいだけだって!」
歓声。
広いプール。
高い天井。
初めての大会は、全てのものに圧倒されるばかりだった。観客が入る前に行われた予行のことも駆琉は緊張でほとんど覚えていないくらいだ。
「ほら見ろ、あれ」
「ほんとだ、安西 彩花」
「まだ水泳やってたんだ」
ただ、開会式の入場のため並ぶ彩花を見て周囲からヒソヒソとそんな声は聞こえた。
「安西 彩花」。
その名前も、その美しい見た目もクロールも水泳選手の中では有名らしい。
「駆琉少年、ほんまに大丈夫やからな!」
開会式が終わればすぐに男女混合リレー。
緊張でガチガチに強張る駆琉に向け、今日のために助っ人で来てくれた勇介が背中を叩く。
続いて、ヤル気満々の若葉が八重歯を見せながらにっこりと笑った。
「50メートルやねんから、こっからあっこまで泳ぐだけや! 私がズバーって泳ぐから、駆琉少年がズバーって泳いだらあやちゃんが泳いでくれるわ!」
レクレーションまで行われる市の大会ということもあり、観客席まである大きなプール。
国際大会も開催されたことがあるくらいのそのプールには、少ないとは言い難いくらい観客が入って歓声をあげていた。
50メートルプールなのは総合体育館のプールと変わりないし、この大会に向けて駆琉だって練習を重ねたから50メートルは泳げるようになってはいるがーーー……。
「ひ、人の声と視線がやばいんですけど」
どうしたらいいですか、と駆琉は若葉と勇介に問うた。
1人だけの会員になっても定期的に大会に出ていた若葉と、フットサル部やサッカー部で試合やら大会に出ている勇介は顔を見合わせる。
「見られてる方が楽しいやん」
「見られてる方が楽しいじゃん」
あ、ダメだ。
この人達はどうやら自分とは全く違う人種だった。
見られることが楽しいなんて考えたこともない、駆琉は頭を抱えるしかなかった。
「若葉さん、第2泳者とアンカーはあっちですって」
他の学校の人間から話しかけられていた彩花が、50メートル先を指差す。
緊張して「呪文」を唱えることが多い彩花ならば自分の気持ちをわかってくれるかもしれない、駆琉はそんな期待を込めて口を開こうとした。
「あ、もうそんな感じ? ほな勇介少年、駆琉少年! 頑張ってな」
けれどタイミングが悪かった。
学校名が入ったジャージの上下を着た若葉が、第1泳者の勇介と第3泳者の駆琉に手を振る。
本当に注目されることが嬉しいらしい若葉は上機嫌で、鼻唄を歌いながら50メートル先に向かった。
タイミングを逃してしまった駆琉は、彩花の後ろ姿を見つめるばかり。
「駆琉くん」
そう思っていたのに、50メートル先に向かう前に彩花が振り返る。
紅い唇を持ち上げて笑うと、彼女は駆琉の耳に手をやって小さな声で言った。
「待ってるね」
ドキリ、とする。
そう言えば、この大会が終わったら返事を聞かせてくれるんだった。
囁くような彩花の声と、ふわりと香る塩素の匂い。
駆琉は頷き、彩花は手を振りながら50メートル先に向かった。
キラキラとして輝いていて、美しい。
君の声が聞こえる。
僕の声が、聞こえる?
1
「大丈夫だーーって、駆琉っち! リラックス! 50メートル泳いだらいいだけだって!」
歓声。
広いプール。
高い天井。
初めての大会は、全てのものに圧倒されるばかりだった。観客が入る前に行われた予行のことも駆琉は緊張でほとんど覚えていないくらいだ。
「ほら見ろ、あれ」
「ほんとだ、安西 彩花」
「まだ水泳やってたんだ」
ただ、開会式の入場のため並ぶ彩花を見て周囲からヒソヒソとそんな声は聞こえた。
「安西 彩花」。
その名前も、その美しい見た目もクロールも水泳選手の中では有名らしい。
「駆琉少年、ほんまに大丈夫やからな!」
開会式が終わればすぐに男女混合リレー。
緊張でガチガチに強張る駆琉に向け、今日のために助っ人で来てくれた勇介が背中を叩く。
続いて、ヤル気満々の若葉が八重歯を見せながらにっこりと笑った。
「50メートルやねんから、こっからあっこまで泳ぐだけや! 私がズバーって泳ぐから、駆琉少年がズバーって泳いだらあやちゃんが泳いでくれるわ!」
レクレーションまで行われる市の大会ということもあり、観客席まである大きなプール。
国際大会も開催されたことがあるくらいのそのプールには、少ないとは言い難いくらい観客が入って歓声をあげていた。
50メートルプールなのは総合体育館のプールと変わりないし、この大会に向けて駆琉だって練習を重ねたから50メートルは泳げるようになってはいるがーーー……。
「ひ、人の声と視線がやばいんですけど」
どうしたらいいですか、と駆琉は若葉と勇介に問うた。
1人だけの会員になっても定期的に大会に出ていた若葉と、フットサル部やサッカー部で試合やら大会に出ている勇介は顔を見合わせる。
「見られてる方が楽しいやん」
「見られてる方が楽しいじゃん」
あ、ダメだ。
この人達はどうやら自分とは全く違う人種だった。
見られることが楽しいなんて考えたこともない、駆琉は頭を抱えるしかなかった。
「若葉さん、第2泳者とアンカーはあっちですって」
他の学校の人間から話しかけられていた彩花が、50メートル先を指差す。
緊張して「呪文」を唱えることが多い彩花ならば自分の気持ちをわかってくれるかもしれない、駆琉はそんな期待を込めて口を開こうとした。
「あ、もうそんな感じ? ほな勇介少年、駆琉少年! 頑張ってな」
けれどタイミングが悪かった。
学校名が入ったジャージの上下を着た若葉が、第1泳者の勇介と第3泳者の駆琉に手を振る。
本当に注目されることが嬉しいらしい若葉は上機嫌で、鼻唄を歌いながら50メートル先に向かった。
タイミングを逃してしまった駆琉は、彩花の後ろ姿を見つめるばかり。
「駆琉くん」
そう思っていたのに、50メートル先に向かう前に彩花が振り返る。
紅い唇を持ち上げて笑うと、彼女は駆琉の耳に手をやって小さな声で言った。
「待ってるね」
ドキリ、とする。
そう言えば、この大会が終わったら返事を聞かせてくれるんだった。
囁くような彩花の声と、ふわりと香る塩素の匂い。
駆琉は頷き、彩花は手を振りながら50メートル先に向かった。