君の声が聞こえる
『では今大会レクレーションの男女混合リレーを開始します。第1泳者は位置について』
「よーーーっし! 頑張ってくるな!」
 プールの中に響く反響。
 水着姿の勇介がそう気合いを入れ、駆琉は友人とハイタッチした。
 放送を聞いて観客席からは歓声があがる、彩花が所属しているチームだと周囲が第1泳者の勇介を見ている。
 自分のことではないのに、駆琉は酷く心臓が高鳴った。

(心臓が痛い、こういうとき、どうするんだっけ)
 会場が静まり返る。
 第1泳者が用意の体勢をとるーーー……心臓が痛い、ドクリドクリとかき鳴らす、スタートを告げる笛の音が緊張している空気を切り裂いた。

『いま、一斉にスタート! 第1泳者は背泳ぎです!』
 放送の声。
 水しぶきがあがり、勇介がちょうど真ん中くらいの位置で進む。
 フットサル部のくせに、勇介と来たら背泳ぎまで上手いんだからイヤになる。

(心臓が、心臓が痛い)
 勇介を応援しているのはもちろんだが、それ以上に駆琉は今から来る自分のクロールが心配で仕方なかった。
 やってはいけないと若葉に言われていたのに、駆琉は思わずぐるりと会場を見渡してしまった。

 人、人、人。
 歓声をあげ、こちらを見下ろしている。
 一際目立つ花園高校の垂れ幕、応援団。
 こちらを見下ろしている人、人、人。
 全ての視線が自分を見ている気がした。

(怖いーーー……)
 ぞくり、と背筋が冷たくなる。
 観客席の中に私服の希子も見つけてしまった、彼女は駆琉を見ている。
 本当に彩花が「楽しく」泳ぐかを、駆琉が彩花に水泳を再開さけたことが正しいのかを見ている。
 怖い。心臓が痛い。怖い。

「第3泳者は位置について」
 ハッと、駆琉は我にかえった。
 気が付けば第2泳者の若葉がプールに飛び込み、こちらに向かって泳いできている。
 第2泳者は平泳ぎ。
 7チームが出場している男女混合リレーで、駆琉館のチームは3番目だった。
 肩で息を切らしながら、50メートル先のプールサイドにあがった勇介が駆琉に向かって親指を立てている。

(怖い、どうしよう)
 みんながこちらを見ている気がする。
 駆琉が変なクロールをすれば、観客から笑われるのではないか。
 ドクリドクリ。
 心臓の音がする、血液が流れ込む。けれどそれがかき鳴らす度に、血液と一緒に毒が流し込まれているような気がした。駆琉の指先が震え、止まらない。

 怖い。助けて。誰か。
 心臓が痛い。息が出来ない。
 怖い、怖い、怖い。

『あ、い、う、え、お』

 彩花の心の声がした瞬間、駆琉は初めて息を吸い込むことができた気がした。
 50メートル先、ほんの50メートル先に彩花がいる。
 駆琉が泳いでくることを待っている。

(そうだ僕は、彩花さんに向かって泳ぐんだ)
 彩花の声が聞こえる、彩花が側にいる。
 彩花が駆琉を見る、彩花の声が聞こえる。
 ならば何も怖くない。
 彩花は駆琉のクロールを見ても笑ったしない、若葉も勇介も希子もこの会場にはいるから。

(僕は独りで泳ぐんじゃない)
 そうだ、僕はーーー……彩花がいるならば、何も怖くない。
 心臓の音が聞こえなくなった、痛みと震えも消えた。
 こちらに向かって泳いでくる若葉と目が合って、駆琉は大きく頷いた。
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