君の声が聞こえる
4
私があなたを好きになると思う?
「僕の魅力ってなに?」
「駆琉っち、急にどした?」
頭の中でぐるり、と彩花の言葉が回る。
言われた通りだ、と駆琉は思った。自分は何もできないし、顔がいいってわけでもないし、飛び抜けて性格がいいってこともないし、コミュニケーション能力が高いというわけでもない。
昨日は、彩花とわかれてから色々と思いを馳せた。何ができるだろう、とか特技とか。何にも思い浮かばなかったので、登校して早々、駆琉は勇介に尋ねたのだった。
「魅力ー? 駆琉っちの魅力なー?」
「何でもいいから見出だしてくれ! 頼む!」
「必死かよ」
んー、と唸りながら、顎に手をやった勇介は教室の天井を見上げた。
「………………」
「………………」
「……………………魅力、なぁ」
「うん」
「………………」
「いや、何もないのかよ!」
「出会った翌日に魅力とかいわれても無理じゃね? その辺もっと考えて。俺じゃなくてほら、オカンとかに聞いたら?」
「母親に聞いたら生きてるだけで魅力的って言われたから困ってるんだよ、僕は」
「溺愛かよ! 素敵な親子愛だな!」
悩むばかりの勇介の口から、自分の「魅力」が1つも出てこないことに業を煮やし、駆琉は自ら列挙することにした。
「性格!」
「や、駆琉っちの性格普通じゃね?」
「身長! 僕は170センチ!」
「170ってマジで日本男子の平均っしょ」
「成績!」
「この学校にいるってことは良くもなく悪くもなく? みたいなやつ?」
「運動神経!」
「詳しくは知らないけど、自己紹介のときぶっ転んでたところを見るにめちゃくちゃいいって訳でもねぇよね」
「か、顔!」
「少なくともジョニデとかマツジュンとかではないよな」
「き、筋肉!」
「ヒョロヒョロなのになに言い出した?」
「し、視力!」
「メガネかけてるように見えるのは俺の気のせいだった?」
何も出てこない。
せめてもっと、もっとこう魅力的なところはないか。駆琉は数秒間、思い悩んでからスマートフォンを取り出した。
「僕のファッションセンスとかは?」
と、スマートフォンの画面に私服姿の自分を見せながら尋ねると、
「THEユニクロって感じ。こういう人、クラスに5人はいるよね」
と、切り捨てられる。
「ダメだ。僕は全然ダメだ。ダメガネだよ僕なんて……」
「いやでもほら、えっと、あれだって! へ、平均的って悪い意味じゃねぇじゃん? な? 大丈夫! それにドジっこ属性ってありなんじゃねぇの? ドジっこメガネはアツイでしょ! 自己紹介でずっこけてたし!」
「ドジっこは美少女じゃないと意味ないやつでしょ……」
平々凡々。中の中。
そんな言葉がとても似合う男で、それが当たり前だった。そんな風に生きてきたのに、急に魅力的な男になる、なんて無理に決まってる。
それは駆琉だってよくわかっていた。それでもーーー……。
(安西さんの隣に立ちたい)
君をもっと知りたいし、君に知ってもらいたい。
彩花の隣に立ったとき、何でこいつが、と思われたくない。何もかも釣り合わなくて、君に好きになってもらえないとしても、嫌われたくない。好きになってもらいたい。
「……そうだ、駆琉っち。部活はどう?」
思い悩む駆琉を見て、勇介が良い考えを思い付いたかのように手を叩いた。部活? 駆琉は眉を寄せる。
「部活で頑張った、部活を頑張るって魅力的なことになるんじゃねぇの? 今日は午後から部活紹介もあるしさ」
「そっか、部活……」
「我がフットサル部も新入部員大募集らしいし! おいでませ、新入部員!」
「結局勧誘かよ」
駆琉が口を尖らせたところで、担任が教室に入ってくる。席につくと、駆琉の視界の端にはどうしたって彩花が飛び込んできた。
黒い髪が、窓から入り込む風で揺れている。担任の話を聞いていた彩花は、風に誘われるように窓の外に顔を動かした。
『こんなに風が吹いたら、桜、散っちゃうかな』
桜の花びらにまみれていた彩花の顔と、昨日の台詞が今一度呼び起こされて、駆琉は僅かに眉を寄せたーーー……。
「僕達演劇部は、秋の文化祭に向けて……」
「陸上部は他のクラブに比べると比較的大会数が多く、種目も多いので……」
「我々放送部に入部いただくとお昼の放送で好きな曲を……」
そして部活紹介。
新入生だけが集められた体育館は、つい昨日行ったばかりの入学式で使われたパイプ椅子がまだ残っていた。
そういえば昨日の入学式も、彩花にストーカー扱いされたことがショックで、何も覚えてなかったっけ。しかもその後はやっぱり怒らせてしまって、「私があなたを好きになると思う?」とまで言われてしまった。
同じことを繰り返してばかりの自分が嫌になって、駆琉はパイプ椅子に座りながら深く深く溜め息を吐く。もうそれくらいしかできなかった。
昨日は厳かに、入学の言葉が述べられた壇上で今日は様々な部活が自分達の部活をアピールしていく。
ユニフォーム姿で実際にどんなことをするかを行ってくれる部活もあれば、制服姿の部長がさらりとメモを読むだけで終わる部活もある。
入れ替わり立ち替わりアピールされる様々な部活。どれも熱心で、情熱的だった。演劇部は20分ほどの劇を行ったくらいだ。その熱演に感動し、一瞬だけ駆琉も演劇部に入ろうかと思ったほどだった。
(自己紹介1つで緊張しちゃうような僕じゃ無理かなー……足とか声とか震えるしな、すぐ。いやでもそういうことを克服するために演劇部に入るのはありかも?)
そんなことを考えているうちに、あっという間に最後の紹介になる。
部活紹介はメリハリがあって面白く、午後からの2時間ほどそればかりでもみんな楽しそうだった。座りすぎて少し身体は痛かったが、リラックスムードで楽しめる。少しくらいなら話していても怒られないところも嬉しい。
けれどさすがに、その人が出てきたとき男子達はざわめきすぎて怒られた。
「私はスイミング同好会の会長、野々宮 若葉です」
だってそのスイミング同好会の会長とやらは、競泳水着姿に水泳帽をかぶってマイクを握っていたのだから。
健全な男子高校生が、思わずざわめいてしまうのも仕方ない。
しかも彼女ときたらグラビアアイドルばりの、見事なスタイルだった。隣の席の勇介が無言で駆琉をつつき、「good!」と親指を突き立てていた。
「スイミング同好会は、現在私しか部員がおらんので危機的状況です」
関西のアクセントが出た。が、今は誰が「関西人だ」となるだろう。しっかりと水泳帽を被り、肩紐にゴーグルが挟んである。今すぐにでもプールで泳げること間違いなしだ。
「昨年できたばかりの新体育館の1階にプールがあるので、雨の日でも冬でも関係なく泳ぐことが可能です」
男子達だけでなく、女子達もざわめく。それなのに当のスイミング同好会の会長は気にする素振りもなく、手にしているメモを読み上げる。
「部員は私だけなので、今なら誰でもスイミング同好会のエースになれます。私が来年引退したら、部長にもなれます。皆さん是非とも、スイミング同好会で新部長候補兼エースになりませんか?」
そこまで読むと、そのスイミング同好会の会長はメモを折り畳んだ。ゴーグルを挟むかのように、肩紐にメモを挟んで、会長は新入生を見渡す。
司会者にマイクを返すのかと思っていたのに、唐突に彼女は、壇上からかけ降りた。
「安西さん!」
競泳水着姿の女性は、部活紹介を静かに聞いていた彩花の前に立つ。
「中学1年のときに、市の大会で新記録を出した安西 彩花さんよね! 絶対にスイミング同好会に入って! お願い!」
スイミング同好会の会長は早口で言い切ると、彩花の目の前に右手を突き出す。
手を突き出したまま、改めて「お願いします!」と叫んで頭を下げる様はまるでお付き合いを願う男子みたいだ。何故か駆琉は、他人事のようにそれを眺めていた。
『なんなの、なんで、みんなの前で、そんな、私が、そんなこと、言われなくちゃいけないの』
傍観者となっていた駆琉の頭の中に、戸惑った彩花の声が落ちてくる。彩花の顔は、怒りと恥ずかしさで真っ赤だった。
私があなたを好きになると思う?
「僕の魅力ってなに?」
「駆琉っち、急にどした?」
頭の中でぐるり、と彩花の言葉が回る。
言われた通りだ、と駆琉は思った。自分は何もできないし、顔がいいってわけでもないし、飛び抜けて性格がいいってこともないし、コミュニケーション能力が高いというわけでもない。
昨日は、彩花とわかれてから色々と思いを馳せた。何ができるだろう、とか特技とか。何にも思い浮かばなかったので、登校して早々、駆琉は勇介に尋ねたのだった。
「魅力ー? 駆琉っちの魅力なー?」
「何でもいいから見出だしてくれ! 頼む!」
「必死かよ」
んー、と唸りながら、顎に手をやった勇介は教室の天井を見上げた。
「………………」
「………………」
「……………………魅力、なぁ」
「うん」
「………………」
「いや、何もないのかよ!」
「出会った翌日に魅力とかいわれても無理じゃね? その辺もっと考えて。俺じゃなくてほら、オカンとかに聞いたら?」
「母親に聞いたら生きてるだけで魅力的って言われたから困ってるんだよ、僕は」
「溺愛かよ! 素敵な親子愛だな!」
悩むばかりの勇介の口から、自分の「魅力」が1つも出てこないことに業を煮やし、駆琉は自ら列挙することにした。
「性格!」
「や、駆琉っちの性格普通じゃね?」
「身長! 僕は170センチ!」
「170ってマジで日本男子の平均っしょ」
「成績!」
「この学校にいるってことは良くもなく悪くもなく? みたいなやつ?」
「運動神経!」
「詳しくは知らないけど、自己紹介のときぶっ転んでたところを見るにめちゃくちゃいいって訳でもねぇよね」
「か、顔!」
「少なくともジョニデとかマツジュンとかではないよな」
「き、筋肉!」
「ヒョロヒョロなのになに言い出した?」
「し、視力!」
「メガネかけてるように見えるのは俺の気のせいだった?」
何も出てこない。
せめてもっと、もっとこう魅力的なところはないか。駆琉は数秒間、思い悩んでからスマートフォンを取り出した。
「僕のファッションセンスとかは?」
と、スマートフォンの画面に私服姿の自分を見せながら尋ねると、
「THEユニクロって感じ。こういう人、クラスに5人はいるよね」
と、切り捨てられる。
「ダメだ。僕は全然ダメだ。ダメガネだよ僕なんて……」
「いやでもほら、えっと、あれだって! へ、平均的って悪い意味じゃねぇじゃん? な? 大丈夫! それにドジっこ属性ってありなんじゃねぇの? ドジっこメガネはアツイでしょ! 自己紹介でずっこけてたし!」
「ドジっこは美少女じゃないと意味ないやつでしょ……」
平々凡々。中の中。
そんな言葉がとても似合う男で、それが当たり前だった。そんな風に生きてきたのに、急に魅力的な男になる、なんて無理に決まってる。
それは駆琉だってよくわかっていた。それでもーーー……。
(安西さんの隣に立ちたい)
君をもっと知りたいし、君に知ってもらいたい。
彩花の隣に立ったとき、何でこいつが、と思われたくない。何もかも釣り合わなくて、君に好きになってもらえないとしても、嫌われたくない。好きになってもらいたい。
「……そうだ、駆琉っち。部活はどう?」
思い悩む駆琉を見て、勇介が良い考えを思い付いたかのように手を叩いた。部活? 駆琉は眉を寄せる。
「部活で頑張った、部活を頑張るって魅力的なことになるんじゃねぇの? 今日は午後から部活紹介もあるしさ」
「そっか、部活……」
「我がフットサル部も新入部員大募集らしいし! おいでませ、新入部員!」
「結局勧誘かよ」
駆琉が口を尖らせたところで、担任が教室に入ってくる。席につくと、駆琉の視界の端にはどうしたって彩花が飛び込んできた。
黒い髪が、窓から入り込む風で揺れている。担任の話を聞いていた彩花は、風に誘われるように窓の外に顔を動かした。
『こんなに風が吹いたら、桜、散っちゃうかな』
桜の花びらにまみれていた彩花の顔と、昨日の台詞が今一度呼び起こされて、駆琉は僅かに眉を寄せたーーー……。
「僕達演劇部は、秋の文化祭に向けて……」
「陸上部は他のクラブに比べると比較的大会数が多く、種目も多いので……」
「我々放送部に入部いただくとお昼の放送で好きな曲を……」
そして部活紹介。
新入生だけが集められた体育館は、つい昨日行ったばかりの入学式で使われたパイプ椅子がまだ残っていた。
そういえば昨日の入学式も、彩花にストーカー扱いされたことがショックで、何も覚えてなかったっけ。しかもその後はやっぱり怒らせてしまって、「私があなたを好きになると思う?」とまで言われてしまった。
同じことを繰り返してばかりの自分が嫌になって、駆琉はパイプ椅子に座りながら深く深く溜め息を吐く。もうそれくらいしかできなかった。
昨日は厳かに、入学の言葉が述べられた壇上で今日は様々な部活が自分達の部活をアピールしていく。
ユニフォーム姿で実際にどんなことをするかを行ってくれる部活もあれば、制服姿の部長がさらりとメモを読むだけで終わる部活もある。
入れ替わり立ち替わりアピールされる様々な部活。どれも熱心で、情熱的だった。演劇部は20分ほどの劇を行ったくらいだ。その熱演に感動し、一瞬だけ駆琉も演劇部に入ろうかと思ったほどだった。
(自己紹介1つで緊張しちゃうような僕じゃ無理かなー……足とか声とか震えるしな、すぐ。いやでもそういうことを克服するために演劇部に入るのはありかも?)
そんなことを考えているうちに、あっという間に最後の紹介になる。
部活紹介はメリハリがあって面白く、午後からの2時間ほどそればかりでもみんな楽しそうだった。座りすぎて少し身体は痛かったが、リラックスムードで楽しめる。少しくらいなら話していても怒られないところも嬉しい。
けれどさすがに、その人が出てきたとき男子達はざわめきすぎて怒られた。
「私はスイミング同好会の会長、野々宮 若葉です」
だってそのスイミング同好会の会長とやらは、競泳水着姿に水泳帽をかぶってマイクを握っていたのだから。
健全な男子高校生が、思わずざわめいてしまうのも仕方ない。
しかも彼女ときたらグラビアアイドルばりの、見事なスタイルだった。隣の席の勇介が無言で駆琉をつつき、「good!」と親指を突き立てていた。
「スイミング同好会は、現在私しか部員がおらんので危機的状況です」
関西のアクセントが出た。が、今は誰が「関西人だ」となるだろう。しっかりと水泳帽を被り、肩紐にゴーグルが挟んである。今すぐにでもプールで泳げること間違いなしだ。
「昨年できたばかりの新体育館の1階にプールがあるので、雨の日でも冬でも関係なく泳ぐことが可能です」
男子達だけでなく、女子達もざわめく。それなのに当のスイミング同好会の会長は気にする素振りもなく、手にしているメモを読み上げる。
「部員は私だけなので、今なら誰でもスイミング同好会のエースになれます。私が来年引退したら、部長にもなれます。皆さん是非とも、スイミング同好会で新部長候補兼エースになりませんか?」
そこまで読むと、そのスイミング同好会の会長はメモを折り畳んだ。ゴーグルを挟むかのように、肩紐にメモを挟んで、会長は新入生を見渡す。
司会者にマイクを返すのかと思っていたのに、唐突に彼女は、壇上からかけ降りた。
「安西さん!」
競泳水着姿の女性は、部活紹介を静かに聞いていた彩花の前に立つ。
「中学1年のときに、市の大会で新記録を出した安西 彩花さんよね! 絶対にスイミング同好会に入って! お願い!」
スイミング同好会の会長は早口で言い切ると、彩花の目の前に右手を突き出す。
手を突き出したまま、改めて「お願いします!」と叫んで頭を下げる様はまるでお付き合いを願う男子みたいだ。何故か駆琉は、他人事のようにそれを眺めていた。
『なんなの、なんで、みんなの前で、そんな、私が、そんなこと、言われなくちゃいけないの』
傍観者となっていた駆琉の頭の中に、戸惑った彩花の声が落ちてくる。彩花の顔は、怒りと恥ずかしさで真っ赤だった。