黄昏の千日紅
翌日も、先輩はいつもの中庭で、いつものテディベアを抱え、クマ柄のマフラーを首に巻き、ベンチに体育座りをしていた。
この姿をずっと見ていたい、彼の側にいたい、そう思いつつ今日も笑顔で彼に声を掛ける。
「樹先輩、こんにちは」
「603486104…」
この数字はどの辺だったであろうか、まだ初めのほうだったか。
一年近くも彼の側にいるのにも拘らず、円周率の順番など、私には到底覚えられそうにない。
私は彼のことを、知らな過ぎる。
そして彼の世界に全く追い付けない、一向に辿り着かない。
そんなことを一人で悶々と考えていると、重い石でも乗っかったように私の体がずしり、と重力に負ける。
「先輩、こんにちは」
私が再度、出来るだけ元気良く彼に話し掛けると、発されていた数字がぴたりと止まり、キラキラとした美しい双眼が私を捉えた。