黄昏の千日紅
「…おいし」
ぽつり、と先輩の口から言葉が漏れ、それが耳に入った瞬間、私の体全身が一気に穏やかな熱を帯びる。
ぎゅう、と蔓に巻き付かれたかのように少し息苦しい。
特別大それたチョコレートではない。
どこかの高級な、名の知れたメーカーのチョコレートとは天と地の差のようなもので、寧ろ比較してしまったら失礼な程だ。
しかし単純に私は、先輩の喜ぶ姿を見ることができたことに、この上ない幸福感を感じていた。
先輩はきっと、私の作った物でなくとも、安価な市販のチョコレートであっても、美味しいと言うのであろう。
そんなことを、脳では理解していても嬉しいものは嬉しい。
「好きですよ、先輩」
先輩は、ずっと遠くの何処かを見つめながらチョコレートを咀嚼している。
私はそんな彼の綺麗な横顔を、じっと見つめながら言葉を零した。
「私、先輩のこと大好きなんですよ」
これ本命チョコっていうんですよ、と、俯きながら、心の中で言葉を添えた。
きっと、今日も彼には届かない。
彼の世界と私の世界は、同じでも違う。
今日も、そのチョコレートを食べ終えたら、いつものように数字を言い始めるのであろう。