黄昏の千日紅
「あの時ハチが…お母さんに伝えてくれたの?」
私は真っ白な空間の中で、ぽつりと言葉を発する。
ハチのいない世界は、こんなにも溝がある。ぽっかりと、穴が空いているように、何も埋まらない。
なにも返ってこない。
生温い空間の中に、私の声が少しの間、静かに響いた。
虚しい声を外から入る風が、何処かへゆっくりと持ち去って行く。
「本当に、…あの子は賢い子だった」
母を一瞥する。
辛いことを思い出させてしまっただろうか。
私は、母の掠れた声を耳にしながら、未だ若干、朦朧とする脳裏で当時のことを思い返す。
暗闇の中で光る星屑が、厭に脳裏に焼き付いている。
母曰く、夕飯の支度をしている時、ハチが家の玄関の前で、ずっと吠え続けていたらしい。
何事かと思い、母が外に出ようと扉を開けた時、家の前の道に勢い良く飛び出したハチが、走ってきた車に轢かれたらしい。
母の、目の前で。
「私が助かって、何でハチが…」
「……麻衣」
「ごめんね、お母さん。ごめん…」
母が、私の肩をそっと抱き寄せる。
するりと、わたしの瞳から涙の雫が頬を流れていき、枕に歪んだ形のシミをつくる。