黄昏の千日紅
男の人特有の、血管の浮き出た大きい手。少し日に焼けた肌は男らしさを感じさせる。
彼は自分の名前をサラサラと記入する。
図書室の静かな空間で、彼が字を書く音と、時計の針の音だけを微かに感じる。
こんな近くに今、あの「A」が居る。
いつも一人である無人の図書室に、気になっていた彼と二人だけの空間で、共に同じ時間を過ごしている。
目の前の派手な彼は、この空間に相応しくないように見える。
何だかとても異様で、不思議な感覚がした。
そして私は、彼の達筆な字を何となく目で追う。
その瞬間、私は固まる。
彼の名前の真相を、そこで初めて知る。
「では、」
ふわふわとした感覚で、その綺麗な字をぼうっと眺めていた私は、不意に彼の声で我に返る。
私が気付いた時には、彼は颯爽と足早にここを出て行ってしまっていて、もうその後姿しか見えない所まで歩いていた。
私はいつものように無人と化した図書室の静寂の中、一人溜息を吐き、少しだけ笑みを零した。
何だ。
何となく、拍子抜けだ。
「富長、永って。…そういうこと」
ぽつりと呟いた私の声は、この静寂の空気の中にすうっと溶け込んで、少しの余韻を残してからすぐに消えた。