黄昏の千日紅
ある日、選択教科で移動の為に、廊下を歩いていると、クラスの違う知らない男に突然話し掛けられた。
「ねえねえ!富長くんだよね?」
誰だこいつ。
「ああ、そうだけど」
突然話し掛けられたことに少し不審に思ったが、慣れで笑顔で返してしまった。
するとその時、目の前のD組の教室から出てきた、あの時の彼女の姿が視界に映る。
凛とした佇まいと、落ち着き様から勝手に年上だと判断していた為に、同じ学年であったことに少々驚く。
シンプルなハンカチを片手に、一人教室を出ようとしていた。
最早俺は、話し掛けてきた他愛もない男の話なんて耳にも入らず、その彼女の姿だけを目に焼き付けてしまっていた。
「K!私もトイレ行く!」
突然彼女の背後から、女の声が聞こえてくる。
K?
けい?
ケイ、という名前なのだろうか。
その声の主の方へ振り返ると、彼女はゆっくりと歩みを止めた。
「今日も放課後図書室行くの?あれ、委員会だっけ?」
そんな女の声が耳に届き、盗み聞きのようで自分を気持ち悪く思うが、俺はすっかりそっちに気を取られてしまっていた。
「富長くん?おーい」
「あ、悪い」
目の前の男の存在を完全に忘れていて、俺は鮮明な声で、ふと我に返った。
遠くでケイの隣にいる女が「たまには遊びに行こうよー」と嘆いている声が微かに聞こえる。
それを無視しているのか、反応の薄い彼女は、とてもクールなのか。