黄昏の千日紅
未だにこちらを一度も振り返らない彼女は、パレットに絵の具を出し、筆に色をつけていた。
僕は、昨日と同じようにメモ用紙に字を書き、彼女に歩み寄る。
トントンと軽く肩を叩くと、彼女は筆を休ませ、僕の顔を見上げた。
” 昨日は、驚かせてすいません。
後ろの席で、絵を見てもいいですか?”
彼女は僕の書いたメモを見ると、ゆっくりと瞳を泳がせてから、渋々といった感じで頷いた。
僕は自然と顔が緩むのが分かった。
そのまま、彼女の後ろの席に向かおうとすると、突然彼女に腕を掴まれる。
驚いて、一瞬、体が大袈裟に揺らいでしまった。
彼女が、スケッチブックに鉛筆で何かを書き始める。
それを目で追っていると、癖のない綺麗な字で書かれた文字を僕の前に差し出した。
” 雪宮澪です ”
それを見た瞬間、僕の体の中で何かが犇めき合う。
胸がぎゅっと締め付けられたように息苦しくなり、段々と熱を帯びていく。
知ってることだけれど、それでも、嬉しかった。