黄昏の千日紅
夜間の病院に駆け込んだが、手遅れだった。
目の前の光景が、只々、信じられなかった。
「ハチ」と優しく呼んだなら、またあの愛しい彼が顔を綻ばせて私を見てくれるのではないかと。
私の元へ、勢い良く走り寄って来てくれるのではないかと。
そんな淡い幻想を抱きながら、目を瞑ったまま動かないハチを眺める。
氷のように固まってしまった彼の前で、何度も何度も、繰り返し名前を呼んだ。
どのくらい呼び続けていたのか分からない。
暫く呼び続け、徐々に自分の声が掠れて息苦しくなってくることが分かった頃に、私は言葉を発することをやめた。
瞼をすっと閉じれば、脳裏に浮かぶのはあの愛しい彼の顔で、扉を開ければ一目散に駆け寄ってきてくれる彼の姿で。
本当に悲しい時には涙は出ないなんて、嘘だと思っていたのに。
現実を認めたくなくて、泣いてしまえばそれを認めてしまうことになるような気がして、私はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。