黄昏の千日紅





途端に布団の擦れる音と、椅子のガタン、とズレる音が静かな室内に響いた。




私の握られている掌を包んでいた誰かの手の力が、更に強まり、長い爪が食い込んで少しだけ痛みを感じる。





「…………っ……」





隣から、声にならないような、喉の奥で何かが引っかかっているかのような、そんな音が聞こえてくる。









「……は、ち…」






私の頭の中で、初めに出てきた名前はこれだった。



声を出してみると、喉が乾き切っているのか、途轍もなく掠れていて声になっていないようだった。
吐息が視界の中で白く広がり、透明になって消えていく。





「……ハチ」





__ああ、そうだった。




そうだったんだ。



ハチ、私の愛する世界一可愛い犬。
世界一愛しい犬。




顔を少しだけ動かして、横を見ると、自分の母親が目を真っ赤に染めて泣いている。



きっと毎日泣いていたのだろうな。
私のみすぼらしい身体を見ながら、毎日のように泣いていたんだろうな。





「…おか、さん」





私がそっと重たい腕を持ち上げ、母の頬に手を添えると、綺麗な瞳から次から次へと涙の雫が零れ落ち、私の手にゆっくりと染み付いていく。





「おか…ぁさん…」







< 9 / 284 >

この作品をシェア

pagetop