黄昏の千日紅
途端に布団の擦れる音と、椅子のガタン、とズレる音が静かな室内に響いた。
私の握られている掌を包んでいた誰かの手の力が、更に強まり、長い爪が食い込んで少しだけ痛みを感じる。
「…………っ……」
隣から、声にならないような、喉の奥で何かが引っかかっているかのような、そんな音が聞こえてくる。
「……は、ち…」
私の頭の中で、初めに出てきた名前はこれだった。
声を出してみると、喉が乾き切っているのか、途轍もなく掠れていて声になっていないようだった。
吐息が視界の中で白く広がり、透明になって消えていく。
「……ハチ」
__ああ、そうだった。
そうだったんだ。
ハチ、私の愛する世界一可愛い犬。
世界一愛しい犬。
顔を少しだけ動かして、横を見ると、自分の母親が目を真っ赤に染めて泣いている。
きっと毎日泣いていたのだろうな。
私のみすぼらしい身体を見ながら、毎日のように泣いていたんだろうな。
「…おか、さん」
私がそっと重たい腕を持ち上げ、母の頬に手を添えると、綺麗な瞳から次から次へと涙の雫が零れ落ち、私の手にゆっくりと染み付いていく。
「おか…ぁさん…」