青い夏
すると、彼女が突然思い立ったように言った。


「そういえば、もうすぐ授業始まるよね。もう行かなきゃ」



授業?

もう放課後だ。何か勘違いをしているのだろうか。


彼女がふわりとした動作で立ち上がる。

ゆっくりと丁寧なのに、軽やかなこの動きは、きっと彼女にしかできないだろう。



「お邪魔しました」


彼女がまたふわりとした動作で、美術室から出て行こうとする。


その背中を慌てて呼び止める。



「ちょっ、と待って」



また声が掠れたので、咳払いをする。


彼女がピタリと足を止めた。そして、くるりと振り返る。


大きく見開いた目に見つめられ、僕は慌てて視線を逸らした。



「もう、放課後だよ」



彼女が僕の発した言葉を理解するのに、3秒ほどを要した。


やっと理解した彼女は、スカートのポケットから携帯を取り出しディスプレイで時間を確認する。そして、深いため息をついた。



「またやっちゃった」


「また?」


「私、あることにすごく集中すると周りが見えなくなって時間も忘れちゃうの」


「いつからいたの?」


「お昼休み」



それは困った癖だ。

お昼休みからいるとなると、僕の絵をたっぷり2時間は見ていたことになる。


そんな長い時間、飽きもせずに、あの僕の、ただ夕日を描いただけの絵を見てくれていたのは嬉しいが、2時間も見所があるとは思えない。



「そんなに見るとこあった?」



すると彼女は、元から丸くて大きな目をさらに丸く大きくした。



「自分で描いてるのにどうしてそんなこと聞くの?」


彼女の声には少し咎めるような色が滲んでいる。

僕はそのことに少しだけ焦りを覚えながら、どうして彼女に咎められなければならないのか考える。



「だって、ただ、夕日を描いただけだし……」


そうだ。本当にそれだけなのだ。

上手いとかそういう次元ではなくて、ただぼんやりとした太陽の輪郭とその周りの光しか書いていないのだ。


彼女はきゅっと眉を寄せた。どうやら、お気に召さなかったようだ。



「それはそうだけど……夕日なのに、赤とかオレンジとかだけじゃなくて、緑とか青とか使ってあって、今まで見た絵の中でいちばん本物に近かった」
< 5 / 6 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop