この夏の贈りもの
まるで真っ黒な雲の中を進んでいるようで、徐々に方向感覚も失われてきた。


教室の途中で立ちどまり、一度振り返る。


モヤをかき分けるようにして裕が付いてくるのが見えた。


「裕、大丈夫?」


「あぁ……なんとかな」


裕はそう言い、かすかにほほ笑んだ。


まだ裕の意識を強く保てているようで安心すると、再び歩き出した。


音楽室の大きさなんてしれているのに、何も見えないことで無限の広さを感じさせた。


「ホナミさん? どこにいますか?」


あたしがそう言ったときだった、ふいに裕があたしの隣を追い越して行った。


「ここから感じる」


そう言い、立ち止まった。


黒いモヤが渦巻いていて、その奥には何も見えない。


あたしは裕の隣に立ち、数珠を持った。


モヤはまるで数珠を避けるように引いていく。


代々伝わっている琥珀の数珠の力は大きい。


「ホナミさん?」


数珠を突き出してモヤをかき消していくと、その奥に座り込んでいる1人の女性の姿が見えた。
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