この夏の贈りもの
女性はあたしの声に反応するように顔を上げる。


その顔は真っ黒なモヤでおおわれていて、あたしは一瞬息を飲んだ。


数珠を近づけてみても顔周辺のモヤは消えない。


「チホ、顔はススの汚れだ」


裕にそう言われてあたしは「ススの汚れ?」と、聞き返した。


「あぁ。ホナミさんは戦争で亡くなった。その顔は火傷と、ススで黒くなっているんだ」


淡々と話す裕にあたしは目を見開いた。


ホナミさんという人は80年も70年も霊として彷徨っていたと言う事だ。


「裕……」


ホナミさんが裕に気がつき、声を出した。


その声は低く、本来のホナミさんの声ではないとすぐにわかった。


悪霊化が進むと、生前持っていたものがすべて変化してくるのだ。


「ホナミさん。おまたせしました」


裕がそう言い、ホナミさんの前に座った。


その瞬間、周囲のモヤがスッと消えて行き、肌寒さが一気に遠のいていく。


「どういうこと……?」


悪霊の除霊はまだしていない。


裕とホナミさんを引き合わせただけだ。


それなのに、悪霊の力が弱まっている。
< 170 / 218 >

この作品をシェア

pagetop