この夏の贈りもの
あたしは慌てて数珠を握り直した。


「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空」


お父さんの経に合わせて声を張る。


心を込めて、丁寧に、悪霊へ届くように経を読む。


「度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空」


お父さんと一緒なら、うろ覚えの部分もスムーズに口から出て行く。


1人じゃないと言う心強さがあたしの声を2人へ届けてくれる。


「どうしたの、ここから動けないの?」


響くような裕の声が聞こえて来た。


夏服を着ている裕がいる。


今より少し幼い顔立ちをしていて、教室のすみに座っているホナミさんへ話しかけている。


これは、裕とホナミさんが初めて出会ったときに記憶が再生されているようだ。


「今日も来たよ。この音楽室は太陽が差し込んで気持ちがいいね」


裕はホナミさんの横でお弁当箱を広げる。


「霊感があることは秘密にしているけれど、大丈夫だよ。俺は毎日ホナミさんに会いに来るから。だって、1人だと寂しいだろ?」


「……嬉しい。ありがとう」


最初は一方的に話をしているだけだったのに、徐々にホナミさんが返事をするようになっていた。
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