この夏の贈りもの
「可愛いって意味だよ」


続けてそう言われて、あたしはまた言葉に詰まってしまった。


そんな恥ずかしい言葉をどうして恥ずかしげもなく言えるのか、あたしには理解ができない。


そもそも唯人という存在はあたしの理解をとっくの前にこえている存在かもしれなかった。


こうして男の人と2人で電車に乗るなんて、今までのあたしでは考えられないことだから。


しかも……あたしは棚の上に乗せたキャリーケースへ視線を向けた。


泊まることになるかもしれないなんて……。


なにもないとわかっていても、自然と顔が赤くなっていくがわかってあたしは窓の外へと視線をうつした。


電車は時折停車して人を乗せたりおろしたりを繰り返しながら、見慣れた街を遠ざけていく。


あたしが産れた街が見えなくなった頃、心の重しが外れていくような感覚に襲われていた。


スッと体が軽くなる。


ここから先にあたしを知っている人はいない。


制服を盗まれて、男子からはからかわれ、女子からはイジメられていた。


あの頃の自分を知っている人がいなくなる。


なにも気にする必要はない。


「なんか、嬉しそうだな」


唯人にそう言われて、あたしは窓の外に視線を向けたまま頷いた。


「知らない街に行くことが嬉しい」


「冒険って感じ?」


「ううん、違う。今までの自分を捨てる感じ」
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