花の降る午後
あの夢を初めて見たのは19歳の頃。
季節は春。
一本の大きな桜の木の下。
満開の桜を愛しそうに見上げる男がひとり佇んでいた。
桜吹雪の中、その光景はとても綺麗で。
泣けてきそうになるくらい綺麗で。
目を離すことができなかった。
夢から覚めても
薄いピンクに染まった空気と、あの男の残像が胸に刻まれていた。
それがいちばん最初。
それから桜の木と、あの男の夢を見るようになった。
最初はただただ桜の木と、男を惚けたように見つめるだけだったが、だんだんと男との距離が近づいていったのだ。
ある晩は、男の隣に立ち一緒に桜を見上げた。
またある晩は、あたしの腕が男の腕に絡みついていた。
そんな風に少しずつ男に近づいていった。
まるでTVドラマのように続きがある夢を見るだなんて…。
ちょっと面白いとしか思っていなかったが、ある晩見た夢からあたしの心は男に奪われてしまった。
男と向き合うあたしは、上半身に何も纏っていない滑らかな男の腕にそっと指を這わせている。
決して逞しくない腕なのに、適度な筋肉がついた美しい腕。
その腕がとてつもなく美味しそうに思え、そっと歯をたてた。
男の「ふっ」と笑う気配がしたかと思うと、滑らかな腕に抱きすくめられていた。
息もできないほどの幸福感で胸がいっぱいになったあたしは、男の背中に腕を回し甘えるように鼻先を胸に押し付ける。
男は、そんなあたしの髪を愛しそうに撫でてくれた。
宝物に触れるようににそっと撫でてくれる優しい指を感じながら
“あたしはこの男に愛されている。髪の先まで愛されている”
と実感した。
そしてあたしも
この男を愛しているのだと知った。
目が覚めたあたしは、幸福感と男への想いと、桜のむせかえる匂いで胸がいっぱいだった。
そして泣いていた。
あの人に逢いたい。
愛しくて仕様がない
あの人に逢いたい。
強く思った。
夢だということは分かっている。
が、現実世界にあの人がいると確信していた。