キャンバスの前の礼拝者
「久しぶりだねぇ。今年の春以来……だったかな?」


「はい。お元気そうで何よりです。お体の具合があまりよろしくないと聞いていましたので、安心しました」


「はは、仕方ないさ。もう先が短い年寄りだからな」


「そんなことおっしゃらないでください。まだまだお元気でいてもらわないと」


先生にはまだ教えていただきたいことがたくさんあります。


笑顔でそんなことをいう二ノ宮くん。
 

初めて会ったときはまだまだ青臭い青年だったのに、人間というのは社会に出ると急に大人びるものだな。


世辞の一つもさらりといえるようになる。


教え子の成長をうれしく思いながら、玄関先で話し込んでも仕方がない、と家の中へ案内した。


「悪かったね、呼び出したみたいで」


「いえ、そろそろ伺おうと思っていたところでしたから」


応接室に落ち着き、お茶を勧めながら謝る。


今回の約束は、私から連絡して彼に来てもらったのだ。


どうしても、彼に会って確かめたかったことがあったから。


「二科展の作品、見せてもらったよ。……とてもよかった。とても、ね」


今年の二科展に出展した二ノ宮くんの作品を見て、私は彼に会おうと……会わなければと思った。


今までの彼の絵とは、違っていたから。

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