キャンバスの前の礼拝者
「……ありがとうございます」


二科展の作品を、といったことで、彼はなぜ私が呼び出すような真似をしたのか理解したのだろう。


静かに笑って頭を下げた。


「絵が……変わったね」


今までの彼の絵は、それはうつくしいものだった。


二ノ宮くんはいつも『海』の絵を描く。


静かな海、荒立った海、輝く海、暗い海。さまざまな『海』の絵を、彼は描いてきた。


その『海』の絵たちはすべてがストイックなうつくしさで、人を魅了する。


そして同時に、うつくしすぎるがゆえに人を拒絶するものだった。


その静謐さと二面性が、画壇の重鎮たちにはかなり評価されていた。


私も初めて彼の作品を見たときには鳥肌が立ったものだ。


まだ十八、九の青年が、これほど深い絵を描けるとは思ってもみなかった。


だが一枚、もう一枚と見ていくうちに、物悲しさが胸に募るようになった。


彼の作品から、彼自身の哀しみが滲んでいたから。


海に対する願い、そして哀悼。


潔癖にさえ見える完璧なうつくしさを求める彼の苦しい思いが読み取れるようだった。


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