キャンバスの前の礼拝者
「そんなに、変わったように見えますか?」


穏やかな口調に、肯定だと知った私は、大きくうなずいた。


「魚影が描かれていたからね」


作品を見たとき、声が出るかと思うほど驚いたのだ。


やっぱり分かりやすいですよね、と今度は素直な笑顔を見せた二ノ宮くん。


その表情で、彼の絵が変わったことを確信する。


「私が知る君の海の作品の中に、生物が描かれていたことは一度もなかった」


今までの彼の海を描いた作品は、どれもこれもすばらしくて、とてもうつくしかった。


そのうつくしい『海』の絵の中には、魚一匹泳いでいない。水が綺麗過ぎて生物が棲めないような、そんなうつくしさだった。


しかし今回の作品には、銀色に光る魚影が一匹描かれている。


人を惹きつける力はそのままに、拒絶する印象は少し和らいで。


いい意味で人間臭さが出るようになっている。


「ただの気まぐれかもしれないと思ったけれど、今日君に会って、気まぐれじゃないと確認できた」


絵を変えるほどの『なにか』が、彼のこころの中で起こったのだと、表情を見て思う。


今までに見たことがない顔を、彼はするようになった。

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