キャンバスの前の礼拝者
「どんな人を、好きになったのかな」


「俺と似ている人です。彼女も俺も、矛盾を抱えている。けれどそれが自分にとっての
『普通』で。他人には理解されないし、してもらおうとも思っていなかった。けれど、俺たちは出会って、お互いの矛盾を共有しあえた。……そう思っているのは俺だけかもしれませんが」


こそこそと涙を拭って顔を上げると、やわらかい笑みが顔に浮かんでいる。


きっと、彼の好きな人はやさしい人なのだろうと想像できた。


「人を好きになって、どうかな?」


「ときどき苦しくて、でもやわらかくて暖かいものに包まれているように、そこからぬけだしたくない。アンバランスなうつくしさがあって、すべてがいとおしい。……そんな感じです」


「……よかった。本当によかった。……その気持ちを大事にしなさい」


はい、としっかりうなずく二ノ宮くんを見て、心底ほっとした。


これで彼は大丈夫。


過去がすべて昇華されることはないだろう。


まだ哀しみは胸のうちにあるはずだ。


けれどそれに飲み込まれることなく、新しい『海』の絵を描いていける。


「すばらしい出会いに感謝するよ。これからの君の絵が、楽しみだ」


こころのままの笑顔を見せる二ノ宮くんに、私も満面の笑みを返した。
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