雨を待ちわびて
「…私、雨の日が好きだったの」
「ん?」
「何だか理由は解らなかったけど、雨の日には柳が来なかったから」
「…濡れたくなかったのか。それとも、今日みたいに雨が降ったら雷がいつも鳴るとでも思っていたのか。怖かったのかも知れないぞ?雷が」
「だから雨の日は何だか気持ちが少し晴れていたの。その日は必要な物を買いに行く日だって、決めてた…。欲しい物なんて無かった。浮かばなかったけど。ご飯だって、食べたいと思って食べて無かった。でも、人間て変。そんな中でも、食べる物とか、買わなくちゃとか思うんだから」
「ああ、食わなきゃ死んじまうってインプットされてるからな。否応なしに脳に支配されてる」
「片霧さん…」
「ん?」
「…もっとシてって言ったら、呆れる?今日の片霧さん、何だか…優しい」
私は…。普通ならこんな言葉、女の可愛い部分かも知れないが、…私は普通ではない。これはただの甘ったれの要求だ。
「いつも乱暴だったか?」
頭を撫でられた。首を振った。
「乱暴とは違う。凄い、爆発的?こう、有り余ったエネルギーをぶつけられるような感じ?
乱暴じゃなくて、情熱の塊みたいな、そんな感じ。…私もそれを求めていたし」
「ふ〜ん。で、今もそっちの方がいいのか」
「その方が片霧さんて気がする」
何もかも壊してくれそうで好きでそれを求めた。…壊されて私は変わりたかった。
「やっぱりM気質だよ、直は」
「違う。片霧さんだけが、Sなんです」
「直…、欲張りだな」
「え?」
「あいつは優しく抱くんだろ?」
「え」
「だから、違うのが欲しいんだよ」
…違う。違う違う。片霧さんだから情熱的なのが好きなのに。
「そうなの?」
「フ。そんなの俺は知らねえよ」
…。
「でも、片霧さんが優しく抱く事もあるって、知った」
その差は何?愛しいと、強く思ってくれてるって事?
そうだとしても、優しくても激しくても、思いに差は無いんだと思う。…そう思いたい。
「私、片霧さんの事、知らない事ばっかりだった」
「俺は知らないでいい事は知らなくていいと思ってる。興味が無い訳じゃ無い。根掘り葉掘り聞く奴の気が知れねえ。記憶にも残さない事ただ聞きたがって…」
「私の要らない情報、入れてあげましょうか?私ちょっと前、誕生日だったの」
「…知ってる、30歳になったんだろ?」
「え?…うん、そう」
誕生日、知って記憶していたんだろうか…。
「ケーキ買って、でかいロウソク三本用意して待ってた」
「嘘…」
「嘘じゃない。…本当だ」
「嘘…嘘だもの、そんなの嘘」
そんな事、言わないで…。
「嘘じゃないって」
「…どうして?だって…、守れない約束とかしない人なんじゃないの?」
「だから、連絡も、約束もしてないだろ。勝手にそうしてただけだ」
「そんな……ずるい…だったら言わなきゃいいのに…」
そんな人だって解るのは…。
「ん?」
「今、そんな…人間らしい事言うのはずるい」
「人間らしいってな…。どんなに非情でも人間は人間だ。俺は、直となら…、人間らしさ、取り戻していけると思った」
「どうして…、だから…、ずるいって言ってるのに…。なんで今そんな事言うの…」
「だからマンションも引っ越そうと思ったんだ」
ちゃんと一緒に暮らして、直の居る部屋にちゃんと帰る。先ずそれから始めようと思った。
「ずるい…。その時、何も言ってくれなくて、今言うのはずるい。…自分の説明が無さ過ぎる…」
だって…、一言だって自分の内面なんか、話さなかったじゃない。
「…解ってるだろうと思ったんだ。なんの感情も無い奴が、そんな事、普通しないだろ。気持ちが無きゃしない。
だから、待ってた」
直が帰らないって思っても、そうして待って見たかったんだ。
迂闊だった事…。先生から直を預かっていると連絡を貰った。先生、預かっている、という言葉に、てっきり、病院に居るもんだと、思い込んだ事だ。
だから連絡はしなかった。
だが、直が居たのは、久遠の部屋だった、という事だ…。
二人で暮らしていた。
コトがあっても仕方ない…、男と女が一緒に居るんだから。感情の無い者同士だったとしても情が湧く。まして先生は初めから直の事……はぁ。