雨を待ちわびて
「やっぱり狭いですね。直?もう少し前に行ってくれますか?」
「…はい」
膝を抱えるようにして前に寄った。その上から、軽く腕を回された。
「ふぅ、気持ちいいですね。あ、今のは、エロくない話ですよ?お風呂が気持ちいいって意味です」
「…はい、…解ってます」
「直、聞きたいか聞きたく無いか解りませんが、聞いてください」
「はい」
…何だろう。やっぱり片霧さんに関する事なんだろうか。
少しさっきよりも身体が近くなった。亨さんが重くない程度に肩に顎を乗せて来たからだ。
自然と声も近くなった。
「俺、後にも先にも、大人としてちゃんとしたつき合いをしたのは一人なんです。…カップとグラスの人、です。今こうして独り身だから、結局は駄目になったのですけどね」
「…はい」
亨さんの話なんだ…。
「当たり前ですが、当時、俺は、今より子供でした。
夜勤、日勤の繰り返しで、眠くて怠い時は、ダラダラと寝てしまいました。約束は、何だか守っていませんでした。許して貰えると甘えていました。
疲れているから休みは休みたいんだって、言ってしまいました。
折角の二人揃う休みにです。最初は仕方ないよね、大変な仕事だからって言ってくれました。
…そこですよね。そこで改心したら良かった。…でもですね、俺は努力しなかったんです。
こんな俺でも、解ってくれる人が居るんじゃ無いかって。
いいよ、って、休みの遊びにこだわらない、そんな人が居るんじゃ無いかって。
多少の努力はお互いに必要だと思います。でも、その努力の為に、何か押し潰されるモノが増えるなら、…もういいかってなってしまいました」
「…はい」
「綺麗なデザインの食器が好きな人でした。気に入ると沢山買っていました。…趣味だったんですよね。
でもね、割れ物は面倒臭いから、処分してって、持って行きませんでした。
お気に入りの物のはずなのに、アッサリしたものでした。まあ、本当の理由は俺と一緒に使ったからって事ですかね。それを言う事すら…全てが面倒臭くなった、という事ですね。俺の職業も…精神科医だから。
別れる時には、何もかも、いつも見透かされてる気がしたって、言われました。…そんな事…。
だから、仕事を離れたら、意識してオフに…。
なるべく考える事はしないようにしています。元々器用では無いので」
「は、い。あ、器用じゃないって意味のはいじゃ無いですよ?」
「はい、大丈夫、解っていますよ。直はずっとそのまま使ってくれていますが、嫌では無いですか?」
「はい。だって、物には罪はありませんから、ですよね?」
「はい。直さんにも罪は無いですから、…気に病まないでください」
え?あ、…ぁ。肩にかかる髪を避けた?と思ったら、首筋に唇が触れた。…あ。
チリチリと暫く痛みが走った。
「…駄目ですよ。ここ、上書きして置きましたから」
「え…あ…」
痛みを感じた部分に咄嗟に手を当てた。
「気にする事は無いです。気の向くままでいいと言ってあります。…妬きますけどね」
私の首を捻りながら、亨さんの顔が回り込んで来た。
いきなり深くて情熱的な口づけ…。きつく抱きしめられた。
今日は片霧さんと亨さんが入れ替わったみたい…。
私…、なんて奔放にさせて貰ってるんだろう…。
ザバッと抱き上げられた。
「直。身体も…納得出来るまで上書きしますからね」
…もう、亨さんはこんなに真面目に接してくれようとしてるのに…。いいの?私って、このままでいいの?
「いいんですよ、そのままで。直は甘えていいんです」
…読まれてしまった。