雨を待ちわびて
「普通に考えて、つき合うとか無理ですね。片霧さんじゃないけど、守れない約束ばかりする事になるから」
「それでもいいっていう人、居るかも知れないでしょ?」
「そうですね。居ないことは無いかも知れないですね。
でも…探してまで好きになるなんてしません。
好きになった人が、理解のある人だと嬉しいですね。
自立した人が理想かな」
狡くても弱くても、いい。貴女のような人がいい。
「…長い目で見て、いつか出会えるなら、それでいいです」
どんなに人にすすめられようと、無理して人を好きになるものでは無い。
「ずっと、刑事さん?」
「え?」
「危険と隣り合わせって言うか、やっぱりずっと心配してしまうじゃない?」
「まあ、危険じゃないとは言い切れないですね」
「好きな人が辞めて欲しいって言ったら?」
「辞めません。残念ですがつき合う事を諦めます」
「迷いが無いのね。答えが早い」
「仕事として選んだ道ですから」
「うん。ねぇ?片霧さん、傷があるでしょ?脇腹に」
「え?…ああ。僕も人に聞いた話ですが、あれは昔、刺された傷らしいです」
「犯人によね?」
「はい、高校生の頃の事で、家に帰ったら出くわしたって」
「え?刑事になってからの事じゃないの?…あれ?」
「え?」
「…え?」
…しまった。まずいぞ。片霧さん…直さんには、嘘の説明をしてあったのか…。
…ふぅ。もう、仕方ない。話しますよ、片霧さん。
強めのボディブローは後で頂きますから。
「片霧さん、家族が殺されているんです、自分以外、全員。犯人が逃走しようとしているところに、帰って来て出くわしてしまった。顔を見られた犯人は片霧さんも刺した。当然殺すつもりで。
だけど片霧さんは何とか一命を取り止めた。
それから片霧さんは一人生き残った事に長く苦しんだんです。自分も一緒に死んでたら良かったって。思春期の少年には辛い仕打ちですよね。
傷を見る度、事件の事、犯人の事、一生思い出しますから。犯人は憎い……精神を病んで、もう、…心はとうに無くしたって…。
だからあんな風に、人を寄せつけない雰囲気に、…無駄話はしないようになってしまって」
「…私…そんな風には聞いてない…。でも、家族が殺されて、一人だけ残ってしまった事は聞いて知っていた。片霧さんだって凄く辛い人生を送って来てたのに。その時…もっと気持ちを推し量れば良かった…。
片霧さんは…強い人だと思ってしまっていたから…私…。
慎人君、ごめん。帰るね。…これ」
料理の代金を置く。
「はい、了解です。片霧さんは、きっと家の近くの居酒屋に居るはずです」
「有難う、慎人君。またね。私に出来る事、…大人のつき合い、してみるから」
カランカラン…。
あ、…夕立。これはすぐに晴れる。
帽子を押さえて駆け出した。