雨を待ちわびて
「…さて、と、先生に連絡するか…。勘違いで石井とヤバい事になってるってなったら、ヤバいからな」
もう…、こんな時間になってる事が、既にまずいじゃないですか…。
とうに石井君に連絡は行ってる気がする。
ううん、石井君から先に、石井君なりに亨さんに何か言ってくれてる気がする。
「私が?片霧さんが?」
「俺だと挑発的になるけどいいのか?」
…。
「解った。俺がする」
スーツの上着に携帯は入れてあった。
片霧さんはいつでも臨戦態勢だ。
「直は俺とリハビリしてます、これでどうだ?
カウンセリングにしとくか?やっぱ、コレはどっちかと言えばリハビリだよな?」
…どんな言い方をしても、今日は外泊になる…。
「はい、それでいいと思います」
「お、じゃあ、送信、と。なー、直〜?飯食った?よな?」
「はい、石井君と」
「あ゙…、アイツ…」
…まずいわ。シーツを巻き付け、逃げるように冷蔵庫を覗きに走った。やっぱり…めぼしい物は何も無い。
「何も作れそうに無いですね」
「直、付き合え」
「え?今から?直ぐ?」
…。
コンビニでは駄目なの?片霧さんだけ、ササッと行って来るのは駄目?
「服、着ろ。もう乾いてるだろ」
…ん゙〜。言葉数が少ないのよね。必要最小限よりまだ少な過ぎる…。ほぼこれだと命令でしょ?しかも口調が容赦ないのよね…。
「いいか?行くぞ」
手を引いて連れて来られた先は居酒屋だった。
あ、ここがいつも寄ってるお店なのかも。
「いらっしゃいませ。今日は雨だったから、いらっしゃらないかと思いました」
「軽く食べられる物、お願いします」
「はい。あ、アルコールはどう致しましょう?」
「酒は、いい」
「はい」
あっという間だった。刑事はご飯も早い。
私はがっつり食べなくて良かったから、片霧さんの食べっぷりを少しつまみながら見ていた。
「有難うございました。
おやすみなさい」
頭を深く下げられた。丁寧に店の外まで見送ってくれた。
「また来ます」
気が付けば手を握られていた。
「…アイツなんだ。事件を起こした時はぎりぎり未成年だった…」
「え?」
「今の…俺を刺した奴…」
「…え、あ」
「こうして店に寄ってる。だから俺は大丈夫なんだ」
頭に手を置かれた。
「片霧さん…」
乗り越えたって事?
ブーブー、ブーブー、…。
「あ゙ー、直、まずい…。悪い」
「はい、直ぐ行ってください」
きっと石井君ね。了解って返事してる。
「直…どうする」
「帰ります、亨さんちに。帰って来たのかって、呆れられそうだけど、その方が安心でしょ?」
「ああ。一人で俺の部屋に居るよりいい。待ってろ、タクシー、拾うから」
「はい」
タクシーが停まった。
「じゃあ」
乗り込む。
「ん。直…また会えるか?」
ズキンッ。
「え、片霧さん…」
今のは約束?…。
「また会いたい。連絡する」
開いたままのドア越しに鋭く冷たい目で話し掛けて来る。
これは…約束だ。
「…はい」
雨がまた静かに降り始めた。