雨を待ちわびて
…はぁ、…もう。下半身が微妙に接したままだった。
後ろ手を付いて座っている先生の脚の間に私が居る形になっていた。
…気恥ずかしい事この上ないんですけど。このままだと、もっと気まずくなってしまう恐れが。
「もう…。先生が肋骨を押させたりして、余計な時間を取るから…。先生の上に長居してしまったんじゃないですか。落ちて、すぐどいていたら、問題なかったんですから…」
「いや、未だ…問題は発生していないです。…辛うじて、セーフの状態です」
…。
「フッ、フフ…もう」
「ハハハ、ハハハッ。大人と言うのは、何とかこの空気を変えようと努力するから、返って滑稽だ」
「…はい。ゴチャゴチャ言わず、素直にどけば良かったですね」
「フッ、いいえ、別に構いませんよ。だけど、…本気でそろそろ離れましょうか。俺がアウトになる前に」
「あ、…はい。ごめんなさい。フフッ」
「…男はストレート過ぎて、時に厄介な生き物です。言い方が悪くて嫌な気にさせるかも知れませんが、女性に対して、多かれ少なかれ、反応してしまうモノです。
それが、理性が効かなくなったら…あってはならないのですが、痴漢とか、という事に発展するのでしょうかね。性的興奮が抑えられなくなって抑制出来なくなる。充たされていないモノのバランスが悪いのでしょうか。
あ、決して、男の全てが、欲望のままに生きている訳では無いですからね?抑える時には抑える。出来なければ、世の中、無秩序になって困ります」
…。
「…先生?お仕事は明日、通常勤務でしたよね?」
「はい、そうです」
「では…、少し散歩しませんか?この先の川沿いは、遊歩道になってますよね?」
そうしたら、夜も、よく眠れるんじゃないかな。
脳の疲れもあるけど、身体はあまり動かして無いだろうから。
「身体のリフレッシュに付き合ってくれるのですか?」
…もう、また簡単に読まれてしまった。
「だったら、遊歩道の先に、夕方からオープンする屋台のイタリアンがあるんです。散歩の後に食べませんか?」
あ、それは…どうかな。片霧さんは、ご飯の事は何もしなくていいっていつも言ってる。だから、私が食べて帰ろうと、家で食べようと、何も問題は無い。影響はない…関係ない。
心配があるのは、私と先生が連れ立ってご飯をしてもいいのかと言う事。
「先生と患者さんの立場がいいですか?
それとも、一個人として、久遠亨とがいいですか?」
「え?」
急に何を。
「守田さんが言い訳出来る方で、好きに解釈して、…さあ、散歩に行きましょう。
ベランダ、閉めて来ます。
あと、コンタクトを入れる時間をくださいね。あ、…寝癖を直す時間もです。
座っててください。割と早く終わります、あっという間です」
「はい」
倒れた椅子をやっと起こし元に戻した。
返事はしたけど座らずにグラスを片付けた。
まだご飯の承諾ははっきりしてないんだけど…。
「はい、行きますよ」
…早い。悩む時間が無かった。
ドアを閉め、鍵を掛けた。
「さあ、散歩に行きましょう」
また気が付けば、自然と手を繋がれていた。
…もしかしてこれは。
見た目どうなのとか、云々ではなく、患者さんと繋ぐ癖なのかも知れない。
…弱い人に対して、支えようと、手を繋ぐ行為。
きっと、そうだ。
先生だから。