雨を待ちわびて
「誤解しないでください。こんな事、よくある事じゃないんです。初めての事なんです。とにかく、お風呂、お風呂に入ってください。溜めましょう。バスタオルやシャンプー、ボディーソープ、好きに使ってください。お風呂に入る時に洗濯すれば、…下着、そのまま乾燥で乾きますから。あ、なるべくゆっくり入った方がいいですね。俺は、ちょっと、コンビニに行って来ますから」
「先生?息継ぎしてください。あの、落ち着いてください」
「はぁ、…ふぅ。はい、大丈夫です」
…先生じゃなくなってるから、普段の…これが動揺した久遠亨さんなんだ…。
素の久遠さん。
「何か欲しい物ありますか?アイスクリームとか、飲み物とか」
「久遠さん…」
「あ、え?今…」
「今はもう先生じゃなくなってますよね?」
「はい、鋭いな」
「だから久遠さんと呼びました。私もコンビニに行きたいです。だから、構わなければ、お風呂から出るのを待ってて貰えませんか?
…気まずいのを避けようとしたのに、ごめんなさい?」
「鋭いな…。では、言葉通り、緊張して待ってます。どうぞ、お風呂に入ってください」
「はい」
ふぅ…。二人の仲に割り込んだ訳では無い。
状況がそうさせただけだ。
…取り戻したいと思うなら、刑事さんだって、もうとっくに来ているはずだ。行きそうな場所の一番先に、ここが浮かぶはずだから。
俺が連絡しないのは、どう取るかな。守田さんの意思だと取るかな。
…相手が敏腕の刑事だと、何でも、あの手この手で…。
簡単に始末されそうで怖いな。
悪いことをしている訳ではない。誘拐犯とかにはされないよな…。
罪をでっちあげて無理矢理逮捕なんかしないよな。
営利でもないぞ。俺は何も要求していない。
…水、あったかな。
コンビニって、女性の下着とかも売ってたっけ。
…。
まあ、あれば、ベストでは無いだろうけど、替えが無いよりはマシだろう。
歯ブラシも要るか。好きな歯磨き粉も。
たった一日だけの事かも知れないのに、妄想は勝手に膨らむ…。
…布団。
この部屋は中二階になっていて、そこが所謂ベッドルームだ。天井が低くなるから完全には立ち上がれない。だがお陰で下が有効に使える。
寝るだけに帰る部屋には充分なんだ。
こんな生活をしている自分が広い部屋に居たら、孤独を感じてしまうだろう。
だから、見渡せるくらいが丁度いい。
「久遠さん…出ましたよ」
「うん、あ、ドライヤー使う?」
「はい」
「あ、ブラシが…」
「大丈夫です、フワッと手櫛で、大丈夫ですから。すぐ終わります。
あっという間に終わりますから。あ、…フフ」
「ハハハ。守田さんも支度、早そうですね。…出来たらコンビニに行きましょう」
「はい。あの明日は…」
「明日は土曜で、俺は出勤は無しです」
「はい。はい、出来ました」
「ハハハ、じゃあ、行きましょう」