ALONE
スタートした7人。


そして微動だにしない一人の選手。


先輩は動かなかった。


一位が誰かを見ることもなく


先輩はしゃがんで下を向いたまま。


観衆はザワつき始める。




先輩はおもむろに立ち上がり



シューズをその場で脱ぐと


それを投げ捨てた。





そして観衆に一礼をし



更衣室に静かに去っていった。



静寂に包まれた会場。



それは学校に対する先輩の最大の意志表示だった。



『俺はもう走らない』







猪瀬トオル


彼は人を好きになった


感情に過ちなんてない


たまたま教師であり


たまたま夫がいて


そんなコトは彼にはどうでもよかった


好きになった人がたまたまそんな立場にあっただけで


彼はそれも受け入れるつもりだった


ただその考え方はあまりにマイノリティで


世間は二人の関係を許さなかった


その後彼は陸上部を去る


たまにクラスメイトが聞く


『猪瀬クンはもう走らないの?』


すると彼は悲しい笑顔を浮かべながらこう言う









『誰のために?』
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