ロストマーブルズ

「昨日、ジョーイさんのこと恵まれているって言ったけど、ジョーイさんのお母さん白人でしょ。そっちの血が入ると私のような東南アジア系より日本人に好まれるよね。それにバイリンガルで、どっちの言葉も話せるし、憧れの対象だよ」

 これが前日リルが見せた態度の元凶だった。
 道理でコンプレックスを感じていた訳だとジョーイは納得していた。

「あのさ、俺の場合は、母親が日本人なんだ」

「あれ、でも桐生さんって苗字……」

「母親の姓だ。うちは離婚したんだ。今のところ二重国籍だから国籍選ぶまでどっちの姓も名乗れるけど、母親の戸籍に入ってるから日本に住んでる以上、日本語の姓の方が便利でね。でもアメリカのパスポートは親父の姓になってる」

「そっか。ジョーイさんも色々とあるんだ」

「名前なんかどっちでもいいよ。リルの苗字のアスカだって結局は自分の名前に間違いないだろ。だったら嫌いになるな。ところで、さっきの事故の話だけど」

 ジョーイが話を戻そうとしたときだった、微かに啜り泣きが聞こえてきた。
 よく見るとリルが涙ぐんでいる。

「おい、なんで泣いてるんだ」
「だって、ジョーイさん、あの時のお兄ちゃんみたいなんだもん。お兄ちゃんも私が自分の顔が嫌いだっていったら、自分のこと嫌いになるなって、怒ってくれた。それでつい思い出しちゃって。あの時のお兄ちゃんがジョーイさんと重なる」

 ジョーイは黙り込んだ。
 ぐっと歯を噛みしめ力を入れる。
 心の中で何をやってるんだと戒めているようだった。

 それは自分の過去の記憶と重なるところを見つけて、また無意識にリルのことを自分の記憶の中のアスカではないかと一瞬でも思ってしまったからだった。

 だが、すでにリルが目の前で辛い思い出の中の”お兄ちゃん”を現在のジョーイに重ねて見ている姿を見ると、やるせなくなった。

 状況が似てようと、ジョーイがリルの知ってるお兄ちゃんではないように、リルもジョーイの知っているアスカではない。

 ジョーイは突然ぐっと意識して背筋を伸ばし、前を向いてしっかりと歩く。
 いい加減、過去の話に翻弄されるべきではないと自分に言い聞かせているようだった。
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