ロストマーブルズ
 暫く休むと殴られた腹の痛みは和らぎ、気分が楽になっていた。
 立ち上がれば、腹を押さえて少し前屈みになってしまったが、歩くには問題なかった。
「もっとゆっくりしていってもいいのよ。なんなら私が送ってあげるし」
「いいよ、先生。自分で帰れる。折角だから、夜桜見ていくよ」
「そうね、リルちゃんもいるし、余計なお世話だったわね」
「だから、そんなんじゃないって」
 リルはこの時、じっとジョーイを見ていた。

 二人はクリニックを後にして、夜桜祭りで賑わっている人ごみに入っていく。
 桜はライトアップされ、浮き上がって見えていた。
 それは素直に美しいと思え、しばし釘つけになって、その夜に映える淡いピンク色に心奪われた。
 気持ちが穏やかになったところで、ジョーイは口を開いた。

「リル、助けてくれてありがとうな」
「えっ、ううん、そんなお礼を言われるほどでもない。でも本当にもう大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。だけど、すごい偶然だったよ。リルがここに来て俺を見つけてなかったら、今頃俺どうなってたか」
「ねぇ、今日、ほんとは誰かと会う約束してたんじゃないの?」

 その瞬間ジョーイははっとしてリルを振り返った。

「どうしてそんなことを訊くんだ」
「あの、その、なんとなくそう思ったの」

 それはとてもぎこちない答え方だった。

「リル、何か隠してるんじゃないのか。お願いだ正直に言ってくれないか」
 またビー玉が転がっていくのを感じた。
「あの……」

 リルが何か言いかけたとき、目の前にジョーイの知ってる顔が不敵な笑みを添えて現れた。

「ヨッ、ジョーイ」
「ギー!」
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