ロストマーブルズ
「キノ、あれほど気をつけろと言われていながら一体何をしているんだ」

 ノアの怒号が何もない殺風景な部屋で響いた。

 そこは家具などもなく、空き部屋のようだった。

 部屋の中にいるのに、全く生活の機能をしていない住処。

 部屋の隅に置かれたスーツケースだけが、唯一の大きな家具だった。

 それはいつでも出て行く準備ができているというように、ここでは長居をするつもりなどない様子だった。

 キノが家に誰も呼びたくない理由がこれだった。

 何もない部屋は壁や天井に声が跳ね返り、音に一番敏感なツクモは怯えて部屋の隅で伏せていた。

 時折、垂れた耳をぴくっと動かし、心配そうな大きな瞳を二人に向けていた。

 キノも全てを受け入れ、こういうことになると覚悟していたが、ノアに叫ぶほどに責め立てられると、怖くなって、小さな女の子のように身を竦めていた。

 ノアは溜息を一つ吐き、呆れていた。

「夕方、シアーズ先生からも連絡があった。ジョーイは過去のことをトニーに話してしまったらしい。それがどういうことかわかっているだろう。シアーズ先生はかなり懸念している。そして帰りが遅いから様子を見に行けばこんな時にジョーイと手を繋いで歩いているとはどういうことだ。約束が違うじゃないか」

「まさか、ノアがジョーイの前に現れるなんて思ってなかった」

 いい訳にもなっていないキノの答え方は、まるでノアに邪魔をして欲しくなかったと言っているようなものだった。

 反省するどころか開き直っているキノの姿に、ノアはまた苛立ってしまう。
 再び威圧的な目を向けた。
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