ロストマーブルズ
 シアーズはジョーイが明るさを取り戻したことを嬉しく思いながら、あの過去の事件を振り返っていた。

 事件というよりも前もって兄のロバートから指示された出来事だった。

 ジョーイを迎えに行き、そして家の中に入ってアスカを見つけ裏から逃がし、その後で誰も他に居なかったと伝える計画だった。

 あの時、家の中に入れば、アスカは部屋の真ん中に力強く立ち、小脇に縫いぐるみを抱きしめシアーズを待ち構えていた。

 小さな子供なのに、目だけは何もかも見てきたという虚ろで悲哀が混じった大人の瞳をしていた。

「(これをジョーイに渡して。アスカはイマジネーションだったって言って。後は私が全て片付けるから)」

 縫いぐるみをシアーズに手渡して、アスカは自ら提案してきた。

「(これからどうするんだ?)」

「(私はこれからアスカを殺すの。アスカはもう居なくなる。死んじゃうのよ)」

 涙を溜めていたのに、泣くのを必死で我慢していた、覚悟の瞳がシアーズを圧迫した。

「(名前を変えて姿を消すだけじゃないか。何もそこまでいう必要は……)」

「(あるの! ジョーイが知っているアスカは消えてしまう。それって殺すことじゃない。私とジョーイが一緒に過ごした思い出はなくなってしまうの。アスカは死ぬのと同じ。だったら私が殺すの)」

 シアーズには衝撃だった。

 こんな小さな子が力強く死という言葉を使うことの意味。怒りと悲しさはもちろんだが、そこに大人の都合による理不尽なやり方に復讐している。

 全く自分が望んでいない、仕方なく屈服する悔しさ。

 自分が置かれている立場を理解してるが故に、悲しみを背負って生きていかなければならない事を、こんな小さな体で全てを受け入れている。

 まだ五歳くらいだというのに、物事を理解しすぎて大人びてしまっている姿が憐憫の情を誘う。
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