ロストマーブルズ
 そのスーツケースにはこすれたような痕や傷がついている。
 まるで母親の苦労が刻まれているように思えた。

 若い頃はそれなりに美しく、秀才と言われるほどの頭脳の持ち主と持てはやされたと聞いている。

 40過ぎてもおばさんきった老け込みはないが、艶やかさは衰えている。

 離婚後も少し力を入れておしゃれをすれば再婚も可能だったかもしれないのに、自分のせいで苦労かけているのかもしれないと、ジョーイは子供心ながら負い目を感じていた。

 国際結婚に失敗して日本に戻ってくるというだけで、世間の好奇心の目にさらされる。
 ましてや派手な容姿のハーフの息子がいるとなると、益々足を引っ張っているように思えた。

 本人はそんなことも気にせずサバサバとした明るい性格で、母親らしからぬ友達みたいな付き合いを装っているが、それが無理をしているんじゃないかと思わずにいられなかった。

 またドタドタと音が聞こえると、サクラは話す余裕もないまま靴を履く。
 その姿をジョーイは憂いな眼差しで黙って見ていた。

 サクラは準備が整うと、背筋を伸ばしジョーイに笑顔を見せ、そしてスーツケースの取っ手を握って勢いよく転がすが、自分の方がつんのめって転げそうになっていた。

「もう、危なっかしいな。スーツケース持ってやるよ」

 いたたまれない気分で、ジョーイが乱暴にスーツケースを取り上げる。

 それが彼なりの精一杯の優しさだと理解しているので、サクラは少し涙目になりながら、ありがとうと呟いた。
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