ロストマーブルズ
 目が覚めたとき、辺りは薄っすらと明るく、時計を見ればアラームをセットしていた時間よりも30分程早い。

 しばらくぼーっとしていたが、耳を澄ませば、下の階から小さく音が聞こえる。

「あっ、電話だ」

 急いで起き上がると、朝方の冷え込みにぶるっと震えがきた。

 階段をバタバタと下り、そして居間に飛び込んで棚に置いてある電話を手に取った。

 もう誰からか分かっていた。

「もしもし」と発すると、遠距離らしく少し間が入り聞きなれた声が聞こえてきた。

「ジョーイ? ちゃんとやってる?」
「ああ、やってるよ。今何時だと思ってるんだ」

「早朝でしょ。それぐらいわかってるわよ。こっちは今夕方なの、これからパーティがあるから今しかかけられなかったのよ。起こしてごめんね」

「既に起きてたから気にしてないよ。それよりそっちこそ大丈夫なのか。年取ってからの時差ぼけは辛いだろ」

「年取っては余計よ。時差ぼけも忙しさで感じてる暇ありませんよ~だ」

「わかったよ。ホテルからの国際電話なんだろ。高くつくから切るぞ」

「会社が払うからそれも全然問題ない。とにかく私がいないからといって羽目を外すんじゃないわよ。変な人から声をかけられてもついていっちゃだめよ」

「おい、一体俺を何歳だと思ってるんだ」

「でも、気をつけてね。例えばお母さんが出張先で事故に遭ったとか、嘘をつかれて惑わされても安易に連れて行かれちゃだめよ。その時は会社に必ず連絡して確かめなさい。それと困ったことがあったら、担任のシアーズ先生に相談しなさい」

「何を言ってるんだよ。そこまで言われると馬鹿にされてるとしか思えないぜ。それになんでシアーズが出てくるんだ。たった一週間の留守だろ。心配しすぎだよ」

「だからもしもの時よ。だって心配なんだもん」

「わかったから、何にも起こらないから安心しろ」

「あっ、もう行かなくっちゃ。それから今日燃えるゴミの日でしょ。出すの忘れないでよ。それじゃーね、大好きよジョーイ」

 最後の言葉の返事はいらないとばかりに、サクラは電話を切った。

 ツーツーと受話器から聞こえる虚しい音に、ジョーイは「呆れるぜ」と小言を浴びせた。

 高校生であってもガキ扱いされて、気に入らないながらも、これが母親の愛だと思うとなんだか面映く背中がむずむずとしてくる。

 それがくすぐったくブルブルと体を揺らした。
< 62 / 320 >

この作品をシェア

pagetop