ロストマーブルズ
「キノの痴漢撃退の話を詳しく教えてくれないか」

 詩織はまたゆっくりとカップに口をつけてコーヒーを飲んだ。
 そして口の中が温まった空気を、ため息混じりに軽く吐き出した。

「なんだ、キノちゃんのことか。ちょっとがっかり。私のことかと思ったのに」

 それでも詩織は笑顔を忘れなかった。

「でも、なんでまたそんな話を?」
「とにかく知りたいんだ」

 詩織は先に理由を聞くが、さっさと話さないことにジョーイは少しイラつき、カップを手にして乱暴にコーヒーを飲んだ。
 詩織は苦笑いになりながら、また一口コーヒーを口にしてから口を開いた。

「ハイハイ、ちゃんと話しますよ。えっと、あの時、春休みで友達と遊びに行ってた帰りの電車の中でのことなんだけど、夕方の通勤ラッシュが始まったときで、つり革をつかんで立ってたら急に背後でもぞもぞしだしたの。人が一杯いたけど、まだすし詰めな程ではなかった。でも気のせいなのかはっきりわからなくて、自分で後ろを見るのも怖かったから、隣にいた友達に助けを求めたの」

 ジョーイは真剣に聞いていた。

 詩織は映像を頭に浮かべて思い出しているのか、斜め上辺りに視線を移した。

「そしたら友達は私の斜め後ろに背を向けた同じ学校の男の子がいるって言い出したの。そいつが怪しいって」

「同じ学校の生徒? で、そいつが本当に犯人だったのか?」

「はっきりとした証拠はわからなかったけど、その男子生徒は私に触るだけの根拠はあったって訳」

「根拠?」

「私のことに好意をもっていたから」

「でもタイプじゃなくて詩織は相手にしなかった。それでその男子生徒は満員電車で詩織に触ろうとしたってことか」

「私の方をちらちら振り返っていたらしくて、友達がその男子生徒と目が合ったの。それで慌てた態度だったから、友達が痴漢って叫ぼうって言ったんだけど、そんな態度だけで証拠がなくてもし違ったら私怖くて、それで困ってたの。でもまだもぞもぞが続いていて、どうしようかって思ってたとき、突然どこからともなくキノちゃんが倒れてきたの。そのお陰で注目を浴びて、さらにキノちゃんが『大丈夫ですか』って大きな声で言ったから、てっきり機転をきかしてくれて痴漢から助けてくれたように思ったの」

「なんでそう思ったんだ」

「だって、普通ぶつかったらまずは『ごめんなさい』って言うと思うの。それにいくら電車が揺れたっていっても、あれだけ派手に普通倒れてこないもん。みんなこけそうになったらどこかで足を踏ん張ったりするでしょ。ほら、あれと一緒よ。車が暴走して人を轢いたとき、ブレーキの跡があるかないかくらいわかるでしょ。あの時も私の位置をずらすように力入れて押された感じだった」

 ジョーイは感慨深く一口コーヒーを含みそれを思量して飲み込む。
 詩織の解釈が正しいとばかりにコクリと頷いた。
 そしてコンビニの事件も仕組んだことだと固まっていった。
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