ロストマーブルズ

「ごめん、ちょっとだけ待っててくれる?」
 詩織は携帯を持って席をはずした。

 待たされている間、ジョーイは深く椅子に腰を下ろし、頬に手をあて、テーブルに肘をついた。

 首を突っ込めば突っ込むほどいろいろとキノの事が飛び出してくる。
 何一つ理解不能で、キノが自分の周りを掻き回しているように思えた。

 深入りしない方がいいのだろうか、それとも気の済むまで知りたいことを追求すべきなのか。

 ジョーイは、無意識に空になったカップを持ち上げまた飲もうとするが、液体が口元を濡らさないことに気がついて、チェっと舌打ちをしてしまった。

「お待たせ。えっとどこからだっけ」

 詩織が戻ってくると、ジョーイは姿勢を正した。

「他に誰がキノのことを聞いてきたんだ?」

「あっ、そうそう。えっと、一人は……」

「えっ、複数いるのか」

「うん。だからジョーイがキノちゃんのことを聞いてきたから、いろんなところで彼女はなんかやってるなって思ったのよ」

「それで?」

「まず一人目は、私のクラスの一番の秀才君。篠原良平っていうんだけど、たまたま痴漢に遭ったときの話をクラスで友達としてたとき、キノちゃんの特徴のこと話してたの。あの子、ハーフでかわいいのに、似合わない黒ぶちのメガネかけてるでしょ。そのことについて話してるとき、篠原君が声を掛けてきたの。なんでも以前にそういう女の子を公園で見掛けた事があったんだって。ラブラドールの犬も一緒にいたって言ってた」

 ラブラドール犬の話が飛び出て、まさにキノの事だとジョーイは思った。はっと目が見開く。

「その時、ほろ酔い加減のサラリーマンが、歩いてたらしいんだけど、ほらあれ、親父狩りっていうの? ガラの悪そうな二人の男子学生が絡んだんだって。それで篠原君はどうしようかと思ったとき、キノちゃんが犬を追いかけるように走ってきて『うわ、皆さん逃げて、その犬噛みます』って叫んでたらしいの。

 そしてなんとほんとに噛んだの。サラリーマンの方の足をよ! サラリーマンの方がびっくりして悲鳴を上げたんだって。そして噛んだ後、歯をむき出しにして今度は学生の方に威嚇したの。それが効いたのか、学生たちは一目散に逃げていったんだって。犬もある程度追いかけて、その後戻ってきたんだけど、凶暴さは全くなくなっていて、大人しくなってたの。

 サラリーマンも別に噛まれた怪我はなく、却って怪我の功名みたいで、助かったってキノちゃんにお礼を言ってたんだって。キノちゃんはそのとき犬が噛んだからひたすら謝っていたそうだけどね。

 篠原君にしてみると、それがどうしてもキノちゃんがわざとそう仕向けたように思えて不思議な子だなって思ったらしく、私の痴漢の話を耳にしてそれが自分が見た女の子と被るところがあったから私に聞いてきたという訳」

 ジョーイは知らぬ間に口を開けて驚いていた。
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