机上の言の葉
 出会って間もない僕にどんな頼みなのだろうかと疑問に思ったが、すぐに理由が思いつく。

「声を出さないといけない事?」

『うん。でも、とっても個人的な事だから、嫌だったら嫌って言ってね』

「頼みの内容は?」

『いろいろあるんだけど、簡単なのだとコンビニのホットスナックを頼む、かな』

 ホットスナック……レジの隣にあるから揚げやポテトの事か。

 確かに声を出さずに買うとなったら、並外れたボディランゲージ能力が必要になるだろう。傍からだと何かの罰ゲームをしている人にしか見えまい。

 声の出せない音無さんにとって自分ではできない事の一つだろうけれど、正直気乗りはしなかった。

 別に店員と話せないことはない。話しかけるのが億劫なうえに、ちゃんと発音しなければ意図していない物を渡され、指摘するのも気が引けるから食べたかったわけではない鳥つくねを食べる羽目になる。

「好きなんだね」

『普段は自炊してるんだよ? でも、偶に味が濃いって言うのかな、ジャンクなものが無性に食べたくなるんだよ』

「気持ちは分かるかな」

 話を逸らすような言葉にも音無さんは真面目に返してくれる。

 他の頼みを叶えられるかはわからないけど、コンビニのホットスナックくらいちょっと行って、買ってくればいいだけなのだ。

「うん、代わりに買うのは大丈夫だよ?」

『ありがとう。でも、買うの「は」ってどういう事?』

 別にこちらを責めるわけではなく、音無さんは僕の言い回しを純粋に疑問に思っているらしい。

 鳥つくねが頭をよぎったから妙な言い回しになってしまったのだけれど、どう返したものか、と思ったがそのまま話せば良いのか。

「僕が買うと、たまに食べたいものじゃないものが出て来るよ?」

『?』

「大学生になってからなんだけど、コンビニでから揚げを買おうとしたんだけど、何がどうなったのか鳥つくねを出されたんだよ」

『から揚げが?』

「うん」

『鳥つくねに?』

「うん」

 音無さんがキョトンとした状態で二度のやり取りをしたので、何か間違えたかなと思ったのだけれど、彼女が笑い出したのでこちらも安心する。

 何だかこんな風に積極的に会話をしたのは久しぶりだ。

『その時は私も鳥つくね食べるから大丈夫だよ』

「他には何かしたいことあるの?」

『ファストフード店のものが食べたい』

「他には?」

『屋台のラーメンが食べたい』

 何だか食べ物ばかりな気がする。本気で言っているのだろうかと音無さんの顔を見ても、僕にはサッパリわからない。

 そんなに食べるような人には見えないし、どう返したものかと悩む。

「えっと、お腹すいてるの?」

『違うよ』

 冗談だったのだけれど、短い否定の言葉は返答を誤ってしまったのだろうか。

 しかし、初めは頬を膨らませていた音無さんは、すぐに表情を崩した。

『とりあえず、昼ご飯食べようか』

 すでに並べられていた料理を前に、音無さんが提案する。

 話せないと言う事は、食べながら雑談も出来ないのか、と納得して音無さんの提案を受け入れた。
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