机上の言の葉
次の日、最近は緊張することが多いな、と他人事のように考えながら、早めに家を出る。
昨日と同じようにベンチに座って、昨日とは違い行き交う人に注意を向けつつ、約束の時間を待った。
横尾さんと思われる人が来たのは、正午になる二、三分前。
立ち上がって近づく僕に気が付いたのか、声を掛ける前に彼女はこちらを向いた。
「あの、横尾さんですか?」
「そうだけど。あんたは?」
写真ではわからなかったが、横尾さんは僕と身長が同じくらいで、さばさばとした印象を受ける。
「成宮一人です。音無さんから連絡が」
「ウタが言ってた人か。初めまして、アタシは横尾友子。名前は聞いているかもしれないけどね。
で、アタシに用があるってだけ聞いてるんだけど」
こちらの話を聞き終わる事無く話を進めてしまう事も含めて、苦手なタイプの人だけれど、幸い特別こちらを警戒してはいない、と思う。
「ヤドリギが欲しいんです」
「ヤドリギって、あのヤドリギをか?」
「どのヤドリギかはわかりませんが、木に寄生して球体を作るヤドリギです。
地面に落ちた事のないものを譲ってほしいんです」
横尾さんがこちらを訝しげる。
ヤドリギが欲しいからと呼び出されたのだから、怪しむのは当然だけど。
「別にやるのは構わないが、一応研究資料だからな。タダでとはいかない」
どうしてヤドリギを音無さんの知り合いが用意できるのかと思っていたが、なるほど、研究で使っていたのか。
植物から薬を作るとか言っていたし。
「何をしたらいいですか?」
「大したことじゃない。ちょっとウタの話を聞かせて欲しいんだよ」
「可能な限り、いくらでも」
本当は「何でも」と答えるべきなんだろうけど、自分の事ではないので、音無さんが話してほしくなさそうなことは話さない。
「んじゃ、早速訊くけど、ウタとどういう関係なんだ?」
「友達ですかね。最近偶々知り合いました」
「偶々っていうのは?」
「話していいか、音無さんに確認しないと話せません」
「じゃあいいか。ウタはどうしてる?」
答えられないことに対して、横尾さんから強い口調で咎められるかと思ったけれど、そんなことも無くて安心する。
少し横尾さんの事を勘違いしていたのかもしれない。
「元気ですよ。まだ数回しか会った事ないから、何とも言えないかもしれませんが。
でも、声が出ないことに対しては、ある程度吹っ切れている感じでした」
「あんたの言葉が曖昧なことはわかった」
「僕は音無さんじゃないですし、代弁できるほど音無さんの事を分かっているわけじゃないですから」
見栄を切るように言ってみたけれど、胸を張って言う事でもないか。
横尾さんは何故か耐えきれないとばかりに笑い始めた。
「なるほど、ウタが気に入るわけだ。成宮はウタの事をどこまで知っているんだ?」
「以前バンドのボーカルをしていた事、今は声が出せなくなって、人と関わる事を避けるようになった事、ですかね」
「だったら、以前のウタは知らないわけだ。教えてやろうか?」
僕と出会う前の音無さんについて、気にならないと言ったら嘘になる。
だが、横尾さんから話を聞いてしまうのは、反則じみている気がして、首を縦には振れなかった。
「僕が音無さんの事を知らないからこそ、相手してくれているんだと思うので、聞けません」
僕の返答に横尾さんがまた笑う。
「知りたそうな顔してたのにな。分かったよ。でも、ウタが声を無くした理由だけでも聞いてくれよ」
「だから」
「あんたやウタの為じゃない。アタシが誰かに聞いてほしいんだ」
強い口調で言われて、返す言葉を失う。
「ウタが声を無くしたのは、アタシらのせいなんだよ」
「無理に歌い続けたせいだ、って言ってたと思いますが」
「無理に歌わせていたのが、アタシらってわけだ。あの子は違うって言うけどね。
みっともない諍いがあって、アタシらは文化祭で失敗出来ないって状況だったわけよ。
だから、ウタの調子が悪い事も分かったうえで、アタシら全員、見て見ぬふりをして必死に練習してた。
文化祭の日、ウタの調子が戻ったと思って安心してたんだけどね。
結局ウタの喉は限界を超えていて、声を無くしたってわけさ。どこかでアタシらがウタを止めていたら、普通に治療して、しばらく安静にするだけでまた一緒にバンドが出来たのに。
そんなわけだ。で、ヤドリギが欲しかったんだよな」
本当に誰かに聞いてほしかっただけなのだろう、こちらの反応を待たずに横尾さんが僕を薬学部棟へと連れて行った。
研究室も兼ねているためか、部外者は立ち入り禁止らしく、まばらに止まった自転車を横目に外で待つ。
ほどなくしてやって来た横尾さんの手には、密封できる袋が握られていた。
「ほら、この前アタシがとってきたやつだから、地面には落ちてないって保証するよ。
これで足りるのか?」
「ありがとうございます。僕も頼まれただけなので、足りるかはわかりませんが、大丈夫だと思います」
横尾さんにはこういったが、多分足りるのではないかと思う。
買い物の時にも、僕が別のスーパーで買い物をするかもしれないのに、アリスはピッタリの金額を渡してきたのだから。
今回も、この手のひらサイズの袋分しか持ってこないことは、わかっているような気がするのだ。
「駄目だった時の為に、連絡先教えとくから」
手こずりながらも、横尾さんの連絡先を登録して、別れを告げてからアリスの所に向かう事にした。
昨日と同じようにベンチに座って、昨日とは違い行き交う人に注意を向けつつ、約束の時間を待った。
横尾さんと思われる人が来たのは、正午になる二、三分前。
立ち上がって近づく僕に気が付いたのか、声を掛ける前に彼女はこちらを向いた。
「あの、横尾さんですか?」
「そうだけど。あんたは?」
写真ではわからなかったが、横尾さんは僕と身長が同じくらいで、さばさばとした印象を受ける。
「成宮一人です。音無さんから連絡が」
「ウタが言ってた人か。初めまして、アタシは横尾友子。名前は聞いているかもしれないけどね。
で、アタシに用があるってだけ聞いてるんだけど」
こちらの話を聞き終わる事無く話を進めてしまう事も含めて、苦手なタイプの人だけれど、幸い特別こちらを警戒してはいない、と思う。
「ヤドリギが欲しいんです」
「ヤドリギって、あのヤドリギをか?」
「どのヤドリギかはわかりませんが、木に寄生して球体を作るヤドリギです。
地面に落ちた事のないものを譲ってほしいんです」
横尾さんがこちらを訝しげる。
ヤドリギが欲しいからと呼び出されたのだから、怪しむのは当然だけど。
「別にやるのは構わないが、一応研究資料だからな。タダでとはいかない」
どうしてヤドリギを音無さんの知り合いが用意できるのかと思っていたが、なるほど、研究で使っていたのか。
植物から薬を作るとか言っていたし。
「何をしたらいいですか?」
「大したことじゃない。ちょっとウタの話を聞かせて欲しいんだよ」
「可能な限り、いくらでも」
本当は「何でも」と答えるべきなんだろうけど、自分の事ではないので、音無さんが話してほしくなさそうなことは話さない。
「んじゃ、早速訊くけど、ウタとどういう関係なんだ?」
「友達ですかね。最近偶々知り合いました」
「偶々っていうのは?」
「話していいか、音無さんに確認しないと話せません」
「じゃあいいか。ウタはどうしてる?」
答えられないことに対して、横尾さんから強い口調で咎められるかと思ったけれど、そんなことも無くて安心する。
少し横尾さんの事を勘違いしていたのかもしれない。
「元気ですよ。まだ数回しか会った事ないから、何とも言えないかもしれませんが。
でも、声が出ないことに対しては、ある程度吹っ切れている感じでした」
「あんたの言葉が曖昧なことはわかった」
「僕は音無さんじゃないですし、代弁できるほど音無さんの事を分かっているわけじゃないですから」
見栄を切るように言ってみたけれど、胸を張って言う事でもないか。
横尾さんは何故か耐えきれないとばかりに笑い始めた。
「なるほど、ウタが気に入るわけだ。成宮はウタの事をどこまで知っているんだ?」
「以前バンドのボーカルをしていた事、今は声が出せなくなって、人と関わる事を避けるようになった事、ですかね」
「だったら、以前のウタは知らないわけだ。教えてやろうか?」
僕と出会う前の音無さんについて、気にならないと言ったら嘘になる。
だが、横尾さんから話を聞いてしまうのは、反則じみている気がして、首を縦には振れなかった。
「僕が音無さんの事を知らないからこそ、相手してくれているんだと思うので、聞けません」
僕の返答に横尾さんがまた笑う。
「知りたそうな顔してたのにな。分かったよ。でも、ウタが声を無くした理由だけでも聞いてくれよ」
「だから」
「あんたやウタの為じゃない。アタシが誰かに聞いてほしいんだ」
強い口調で言われて、返す言葉を失う。
「ウタが声を無くしたのは、アタシらのせいなんだよ」
「無理に歌い続けたせいだ、って言ってたと思いますが」
「無理に歌わせていたのが、アタシらってわけだ。あの子は違うって言うけどね。
みっともない諍いがあって、アタシらは文化祭で失敗出来ないって状況だったわけよ。
だから、ウタの調子が悪い事も分かったうえで、アタシら全員、見て見ぬふりをして必死に練習してた。
文化祭の日、ウタの調子が戻ったと思って安心してたんだけどね。
結局ウタの喉は限界を超えていて、声を無くしたってわけさ。どこかでアタシらがウタを止めていたら、普通に治療して、しばらく安静にするだけでまた一緒にバンドが出来たのに。
そんなわけだ。で、ヤドリギが欲しかったんだよな」
本当に誰かに聞いてほしかっただけなのだろう、こちらの反応を待たずに横尾さんが僕を薬学部棟へと連れて行った。
研究室も兼ねているためか、部外者は立ち入り禁止らしく、まばらに止まった自転車を横目に外で待つ。
ほどなくしてやって来た横尾さんの手には、密封できる袋が握られていた。
「ほら、この前アタシがとってきたやつだから、地面には落ちてないって保証するよ。
これで足りるのか?」
「ありがとうございます。僕も頼まれただけなので、足りるかはわかりませんが、大丈夫だと思います」
横尾さんにはこういったが、多分足りるのではないかと思う。
買い物の時にも、僕が別のスーパーで買い物をするかもしれないのに、アリスはピッタリの金額を渡してきたのだから。
今回も、この手のひらサイズの袋分しか持ってこないことは、わかっているような気がするのだ。
「駄目だった時の為に、連絡先教えとくから」
手こずりながらも、横尾さんの連絡先を登録して、別れを告げてからアリスの所に向かう事にした。