机上の言の葉
いつもの部屋に行っても、アリスの姿はなかった。
毎回の事で後から来るかもしれないから、椅子に座って待たせて貰う事にする。
時計のない部屋、腕時計をじっと眺めていたのだけれど、カチカチと動く秒針は淀みないのに時間の進みが遅く感じた。
「ここ時間の進みが遅くなる空間だからね」
「急に現れるの止めてくれませんか?」
今までずっと座っていたとばかりに、アリスが少し離れた席に現れた。
言いたい事を言ってから、アリスの言葉に反応する。
「今の話本当なんですか?」
「嘘だよ。そう言う空間は沢山あるけれど、今は単純にカズト君が暇だったからじゃないかな」
「何で嘘ついたんですか」
「強いていうなら、からかいたかったから、かな」
悪戯っぽい顔のアリスにこれ以上何を言っても仕方はないので、反論は諦めて「お使い行ってきました」とヤドリギの入った袋を手渡す。
受け取ったアリスが無言でヤドリギを見る様子に、不安になって「これで大丈夫ですか?」と付け加える。
「Bってところかな。点数で言えば七十五点くらい」
「つまり良いんですね?」
「うん。これでお使いはあと一つだね」
アリスが誰もいないはずの所にヤドリギの入った袋を渡したかと思うと、袋は瞬く間に消えてしまった。
「ところで、カズト君はどうやってヤドリギを手に入れたの?」
「答える前に一つ確認ですけど、僕が採ってこないと駄目、とは言っていないですよね?」
「単純に興味本位だから安心して。やっぱり認めないとかは言わないから」
「音無さんの友達に貰いました」
「農学部……いや、薬学部の子かな?」
考えるそぶりこそ見せたが、アリスはすぐに答えを導き出す。
しかし、推理であれ、魔法であれ、隠す必要はないだろう。
「よくわかりましたね」
「趣味でヤドリギ採集をしている子なんて、聞いた事ないから」
「僕も聞いたことはないですね」
聞けるほど友人がいるわけではないけれど。
アリスは、視線を僕から木の鈴へと移動させた。
「ヤドリギをくれた植物について詳しそうな子なら、カズト君に渡した鈴の凄さが分かったんじゃないかな?」
「オークの木でできているんでしたっけ。凄いのは木で作られているからって言っていたと思いますが、そう言えば音無さんから聞いた話ですね」
「植物の研究をしている子は気が付きさえしなかったのに、唄ちゃんは気が付いたんだね」
意味ありげに言葉を強調してアリスが言うので、音無さんに何かあるのではないかと勘繰ってしまうのだけれど、横尾さんが鈴の存在に気が付かなかっただけ、という可能性もある。
気が付いたうえで、話題にするまでも無いと思った可能性もある。
相手は、意味も無く僕をからかってくる人物なのだから、分からない事を気にする必要はないだろう。
「アリスって、音無さんの名前を知っていたんですね」
「知ってたよ。名前以外にもカズト君に色々教えてあげられる程度には」
「そうでしたね。ところで、次のお使いは何ですか?」
「次はちょっと間を開けようかなって思っているんだよね」
「何かあるんですか?」
何を持ってくればいいのかは分からないが、アリスとしては早めの方が良いのではないだろうか。
「何ってわけじゃないけど、テストがあるでしょ?」
「もうそんな時期でしたっけ」
音無さんの事もあり、すっかり忘れていた。
しかし、アリスに願うほど成績で困っていないし、音無さんと会うようになったからと言って基本の生活は変わっていないので、あまり心配することも無い。
とは言っても、テスト前日や当日に締切だと困ってしまうけれど。
「先に何持ってきたらいいかだけ、教えてもらえませんか?」
「水だよ」
ヤドリギの次だったから、どんな難題が来るのかと思ったのだけれど、拍子抜けだ。
だが、考えてみたら、今からでも数分のうちに達成できるお使いを、わざわざテスト後に伝えようとしていた事には違和感がある。
もしかして、お店で売っているようなものや、水道水では駄目なのだろうか。
「また何か条件があるんですか?」
「察しが良いね。私が欲しいのは綺麗な水。
お店で売っているような水じゃなくて、自然の水って言うのかな」
「川や海の水って事ですか?」
「ううん。悪くはないんだけど、もっと別のものの方が嬉しいね」
「仮にそこの川の水を持って来た場合は、何点ですか?」
「五十九点ってところかな」
講義であればギリギリ不可。綺麗な水と言っていたし、飲めるような水でないといけないだろう。
だとしたら、思い浮かぶのは湧き水とか、地下水とかか。
「どれくらいの量が必要なんですか?」
「コップ一杯分くらいあったら十分かな。タンブラー貸してあげようか?」
「水筒とか持っていないので借りたいですが、代価とか言いませんよね?」
「代価を払いたいなら考えるけど」
「いや、払いたくないです」
余計な事を言ってしまったと反省しつつ、ちゃんと否定しておく。
冗談でも、どんな代価ですか? と尋ねてしまったが最後、何を要求されるか分からないから。
「私そんなに強欲じゃないと思うんだけど」
「人の考えを読んで、不服そうな顔をしないでください。あと、あわよくば代価を要求する人だと思っていました」
「今回はカズト君が貸してほしいって願ったわけじゃないよね?」
アリスは願いを叶える魔法使いなのだから、確かに言っている通りなのだけれど、イメージと言うものは恐ろしい。
「でも、強欲って言うのは否定できないかな」
「何か欲しいものでもあるんですか?」
「秘密」
はぐらかされてしまったけれど、わざわざこんな嘘をつく意味が分からないし、何かあるのだろう。
アリス程の人が欲しいものっていうのはどういうものなのだろうか。
「アリスが手に入れられないものって存在するんですか?」
「あるよ。言い方は難しいんだけど、私は魔法使いだから、魔法よりも上位の神様とかは使役出来ないんだ。
天使や悪魔なら何とかなるんだけど」
何とかなるのか。どうやら、アリスの話は続くらしく、相槌だけを打って話に集中する。
「人の気持ちとかもかな。惚れ薬は作れるけれど、薬で惚れたものが本当の好意かは分からない。あとは、死者は生き返らないよ」
「逆に普通の人が手に入れられるものは、手に入るんですね」
「地位も名誉も何とかなるだろうね」
だとするならば、アリスが自分を強欲だと言うのも納得できる。
きっと、僕には予想だにしないモノなのだろう。それとも、人の気持ちだったりするのだろうか?
「手に入ると良いですね」
「気長に頑張るよ」
珍しく物悲しげなアリスの表情に何も言葉が出てこなくて、「今日は帰りますね」と逃げるように教室を後にした。
毎回の事で後から来るかもしれないから、椅子に座って待たせて貰う事にする。
時計のない部屋、腕時計をじっと眺めていたのだけれど、カチカチと動く秒針は淀みないのに時間の進みが遅く感じた。
「ここ時間の進みが遅くなる空間だからね」
「急に現れるの止めてくれませんか?」
今までずっと座っていたとばかりに、アリスが少し離れた席に現れた。
言いたい事を言ってから、アリスの言葉に反応する。
「今の話本当なんですか?」
「嘘だよ。そう言う空間は沢山あるけれど、今は単純にカズト君が暇だったからじゃないかな」
「何で嘘ついたんですか」
「強いていうなら、からかいたかったから、かな」
悪戯っぽい顔のアリスにこれ以上何を言っても仕方はないので、反論は諦めて「お使い行ってきました」とヤドリギの入った袋を手渡す。
受け取ったアリスが無言でヤドリギを見る様子に、不安になって「これで大丈夫ですか?」と付け加える。
「Bってところかな。点数で言えば七十五点くらい」
「つまり良いんですね?」
「うん。これでお使いはあと一つだね」
アリスが誰もいないはずの所にヤドリギの入った袋を渡したかと思うと、袋は瞬く間に消えてしまった。
「ところで、カズト君はどうやってヤドリギを手に入れたの?」
「答える前に一つ確認ですけど、僕が採ってこないと駄目、とは言っていないですよね?」
「単純に興味本位だから安心して。やっぱり認めないとかは言わないから」
「音無さんの友達に貰いました」
「農学部……いや、薬学部の子かな?」
考えるそぶりこそ見せたが、アリスはすぐに答えを導き出す。
しかし、推理であれ、魔法であれ、隠す必要はないだろう。
「よくわかりましたね」
「趣味でヤドリギ採集をしている子なんて、聞いた事ないから」
「僕も聞いたことはないですね」
聞けるほど友人がいるわけではないけれど。
アリスは、視線を僕から木の鈴へと移動させた。
「ヤドリギをくれた植物について詳しそうな子なら、カズト君に渡した鈴の凄さが分かったんじゃないかな?」
「オークの木でできているんでしたっけ。凄いのは木で作られているからって言っていたと思いますが、そう言えば音無さんから聞いた話ですね」
「植物の研究をしている子は気が付きさえしなかったのに、唄ちゃんは気が付いたんだね」
意味ありげに言葉を強調してアリスが言うので、音無さんに何かあるのではないかと勘繰ってしまうのだけれど、横尾さんが鈴の存在に気が付かなかっただけ、という可能性もある。
気が付いたうえで、話題にするまでも無いと思った可能性もある。
相手は、意味も無く僕をからかってくる人物なのだから、分からない事を気にする必要はないだろう。
「アリスって、音無さんの名前を知っていたんですね」
「知ってたよ。名前以外にもカズト君に色々教えてあげられる程度には」
「そうでしたね。ところで、次のお使いは何ですか?」
「次はちょっと間を開けようかなって思っているんだよね」
「何かあるんですか?」
何を持ってくればいいのかは分からないが、アリスとしては早めの方が良いのではないだろうか。
「何ってわけじゃないけど、テストがあるでしょ?」
「もうそんな時期でしたっけ」
音無さんの事もあり、すっかり忘れていた。
しかし、アリスに願うほど成績で困っていないし、音無さんと会うようになったからと言って基本の生活は変わっていないので、あまり心配することも無い。
とは言っても、テスト前日や当日に締切だと困ってしまうけれど。
「先に何持ってきたらいいかだけ、教えてもらえませんか?」
「水だよ」
ヤドリギの次だったから、どんな難題が来るのかと思ったのだけれど、拍子抜けだ。
だが、考えてみたら、今からでも数分のうちに達成できるお使いを、わざわざテスト後に伝えようとしていた事には違和感がある。
もしかして、お店で売っているようなものや、水道水では駄目なのだろうか。
「また何か条件があるんですか?」
「察しが良いね。私が欲しいのは綺麗な水。
お店で売っているような水じゃなくて、自然の水って言うのかな」
「川や海の水って事ですか?」
「ううん。悪くはないんだけど、もっと別のものの方が嬉しいね」
「仮にそこの川の水を持って来た場合は、何点ですか?」
「五十九点ってところかな」
講義であればギリギリ不可。綺麗な水と言っていたし、飲めるような水でないといけないだろう。
だとしたら、思い浮かぶのは湧き水とか、地下水とかか。
「どれくらいの量が必要なんですか?」
「コップ一杯分くらいあったら十分かな。タンブラー貸してあげようか?」
「水筒とか持っていないので借りたいですが、代価とか言いませんよね?」
「代価を払いたいなら考えるけど」
「いや、払いたくないです」
余計な事を言ってしまったと反省しつつ、ちゃんと否定しておく。
冗談でも、どんな代価ですか? と尋ねてしまったが最後、何を要求されるか分からないから。
「私そんなに強欲じゃないと思うんだけど」
「人の考えを読んで、不服そうな顔をしないでください。あと、あわよくば代価を要求する人だと思っていました」
「今回はカズト君が貸してほしいって願ったわけじゃないよね?」
アリスは願いを叶える魔法使いなのだから、確かに言っている通りなのだけれど、イメージと言うものは恐ろしい。
「でも、強欲って言うのは否定できないかな」
「何か欲しいものでもあるんですか?」
「秘密」
はぐらかされてしまったけれど、わざわざこんな嘘をつく意味が分からないし、何かあるのだろう。
アリス程の人が欲しいものっていうのはどういうものなのだろうか。
「アリスが手に入れられないものって存在するんですか?」
「あるよ。言い方は難しいんだけど、私は魔法使いだから、魔法よりも上位の神様とかは使役出来ないんだ。
天使や悪魔なら何とかなるんだけど」
何とかなるのか。どうやら、アリスの話は続くらしく、相槌だけを打って話に集中する。
「人の気持ちとかもかな。惚れ薬は作れるけれど、薬で惚れたものが本当の好意かは分からない。あとは、死者は生き返らないよ」
「逆に普通の人が手に入れられるものは、手に入るんですね」
「地位も名誉も何とかなるだろうね」
だとするならば、アリスが自分を強欲だと言うのも納得できる。
きっと、僕には予想だにしないモノなのだろう。それとも、人の気持ちだったりするのだろうか?
「手に入ると良いですね」
「気長に頑張るよ」
珍しく物悲しげなアリスの表情に何も言葉が出てこなくて、「今日は帰りますね」と逃げるように教室を後にした。