机上の言の葉
次はどうやら観覧車の列らしい。カップルで乗ると言うイメージが強いのだけれど、友達同士で乗るものなのだろうか?
僕よりも来慣れている音無さんが躊躇いなかったと言う事は、友人とでも乗ると言う事なのだろうけれど。
観覧車は先ほどのジェットコースター程待つことはなく、十分くらいで乗り込むことが出来た。
正面に音無さんが座って、互いに向き合う形になる。しばらくは互いに景色を見ていたが、膝のあたりを叩かれたので音無さんへと視線を移した。
音無さんは、何か言いにくそうにもじもじしていたが、そっと携帯をこちらに渡した。
『今度は、カズトが行きたい所に行こうね』
文字を読んで顔をあげたら、音無さんが照れたように笑う。
もう一度、文字を読み直したのだけれど、やはり音無さんの僕の呼び方が変わっていた。
下の名前を呼び捨て。成宮君と比べても文字数で言えばまるで変っていないし、ただの文字である事には違いないのに、いきなり後ろから背中を押されたような衝撃に襲われた。
恥ずかしさなのか、音無さんの顔を見られない。
こちらも下の名前で呼んだ方が良いのだろうか? 音無さんは友達としての距離を縮めるために呼び方を変えたのだろうが、こちらも同じようにしたら勘違いしていると思われないだろうか。
そもそも、今までと呼び方を変えると言う事自体が、何だかくすぐったくて僕には出来そうもない。
「僕としては、音無さんが行きたい所で良いんだけど」
考えた挙句、呼び方は変えなかった。
音無さんの顔は見られないままなので、反応は分からなかったけれど、すぐに携帯は差し出される。
『駄目。場所じゃなくても、カズトがしたい事でもいいんだよ?』
「じゃあ、ちょっと考えてみる」
『観覧車が一周するまでね』
自分の気持ちを整理する意味合いもあった提案なので、今から暫く黙っていていいと言うのは僥倖だけれど、制限時間を設けられたのは困る。
本当に特別行きたいと言う場所はないし、やりたいことは音無さんと行動していたらほぼできる。
でも、音無さんを納得させる答えじゃないと駄目なのだろう。ならば、恥を忍んで付き合って貰う事にしよう。
それから、気持ちの整理をしている時に、もう一つ気が付いた事がある。たぶん僕は、音無さんの事が好きなのだ。友達としてではなく、異性として。
今まで人を好きになった事がない身としては、確信は持てないけれど、思い当たる節はたくさんある。でも音無さんの立場からすれば好意を寄せられても困るだろうから、表に出すつもりはない。だったら気が付かなければよかった。
『決まった?』
気が付けば地面はすぐそこで、音無さんが時間切れを宣告する。携帯を見せる関係上、どうしても距離が近くなるのに動揺していることを隠して、素っ気なく返す。
「降りてからね」
音無さんが頷いたのに続いて、ゴンドラのドアが開かれる。
外に出てから落ち着ける場所を探し、ベンチがあったので二人で座った。
『カズトは何処に行きたいの?』
慣れない名前呼びに、逐一反応する心臓が恨めしい。
「行きたい場所はないんだけど、ベタな事をしたいかな」
『ベタな事?』
「高校まで大して友達も居なかったから、学生っぽい事ってあんまりやった事ないんだ。
学校帰りに買い食いしたりとか、友達同士で遊びに行くとか、夕暮れの教室でお喋りするとか。
学園ドラマの一シーンみたいな、青春に憧れがあるんだよね」
我ながらキャラじゃない。いっそ笑い飛ばしてくれたら気が楽だったのだけれど、音無さんは何か思うところがあるのか、何か考え始めた。
『だったら、今度カズトの家に行こうと思うんだけど、場所教えてくれないかな?』
「別にいいんだけど……」
脈絡は見えてこない。
家の住所を聞いた音無さんは、満足したように頷いてから立ち上がり、続いて立ち上がらせるように僕に手を伸ばす。躊躇いがちに掴んだ音無さんの手は柔らかく、音無さんは僕の手を引っ張る。
『帰ろっか』
手を離して園の入口に戻る音無さんを、安心したような名残惜しいような心地で、僕は無言で追いかけた。
僕よりも来慣れている音無さんが躊躇いなかったと言う事は、友人とでも乗ると言う事なのだろうけれど。
観覧車は先ほどのジェットコースター程待つことはなく、十分くらいで乗り込むことが出来た。
正面に音無さんが座って、互いに向き合う形になる。しばらくは互いに景色を見ていたが、膝のあたりを叩かれたので音無さんへと視線を移した。
音無さんは、何か言いにくそうにもじもじしていたが、そっと携帯をこちらに渡した。
『今度は、カズトが行きたい所に行こうね』
文字を読んで顔をあげたら、音無さんが照れたように笑う。
もう一度、文字を読み直したのだけれど、やはり音無さんの僕の呼び方が変わっていた。
下の名前を呼び捨て。成宮君と比べても文字数で言えばまるで変っていないし、ただの文字である事には違いないのに、いきなり後ろから背中を押されたような衝撃に襲われた。
恥ずかしさなのか、音無さんの顔を見られない。
こちらも下の名前で呼んだ方が良いのだろうか? 音無さんは友達としての距離を縮めるために呼び方を変えたのだろうが、こちらも同じようにしたら勘違いしていると思われないだろうか。
そもそも、今までと呼び方を変えると言う事自体が、何だかくすぐったくて僕には出来そうもない。
「僕としては、音無さんが行きたい所で良いんだけど」
考えた挙句、呼び方は変えなかった。
音無さんの顔は見られないままなので、反応は分からなかったけれど、すぐに携帯は差し出される。
『駄目。場所じゃなくても、カズトがしたい事でもいいんだよ?』
「じゃあ、ちょっと考えてみる」
『観覧車が一周するまでね』
自分の気持ちを整理する意味合いもあった提案なので、今から暫く黙っていていいと言うのは僥倖だけれど、制限時間を設けられたのは困る。
本当に特別行きたいと言う場所はないし、やりたいことは音無さんと行動していたらほぼできる。
でも、音無さんを納得させる答えじゃないと駄目なのだろう。ならば、恥を忍んで付き合って貰う事にしよう。
それから、気持ちの整理をしている時に、もう一つ気が付いた事がある。たぶん僕は、音無さんの事が好きなのだ。友達としてではなく、異性として。
今まで人を好きになった事がない身としては、確信は持てないけれど、思い当たる節はたくさんある。でも音無さんの立場からすれば好意を寄せられても困るだろうから、表に出すつもりはない。だったら気が付かなければよかった。
『決まった?』
気が付けば地面はすぐそこで、音無さんが時間切れを宣告する。携帯を見せる関係上、どうしても距離が近くなるのに動揺していることを隠して、素っ気なく返す。
「降りてからね」
音無さんが頷いたのに続いて、ゴンドラのドアが開かれる。
外に出てから落ち着ける場所を探し、ベンチがあったので二人で座った。
『カズトは何処に行きたいの?』
慣れない名前呼びに、逐一反応する心臓が恨めしい。
「行きたい場所はないんだけど、ベタな事をしたいかな」
『ベタな事?』
「高校まで大して友達も居なかったから、学生っぽい事ってあんまりやった事ないんだ。
学校帰りに買い食いしたりとか、友達同士で遊びに行くとか、夕暮れの教室でお喋りするとか。
学園ドラマの一シーンみたいな、青春に憧れがあるんだよね」
我ながらキャラじゃない。いっそ笑い飛ばしてくれたら気が楽だったのだけれど、音無さんは何か思うところがあるのか、何か考え始めた。
『だったら、今度カズトの家に行こうと思うんだけど、場所教えてくれないかな?』
「別にいいんだけど……」
脈絡は見えてこない。
家の住所を聞いた音無さんは、満足したように頷いてから立ち上がり、続いて立ち上がらせるように僕に手を伸ばす。躊躇いがちに掴んだ音無さんの手は柔らかく、音無さんは僕の手を引っ張る。
『帰ろっか』
手を離して園の入口に戻る音無さんを、安心したような名残惜しいような心地で、僕は無言で追いかけた。