机上の言の葉
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
わたしの事を話す前に、この学校に願いを叶えてくれる魔法使いがいる事は知っているかな? 知らなくてもいいんだけど、実際にいて代価と引き換えに願いを叶えてくれると言う事は頭に入れててね。
わたしは去年入学した時に軽音楽部に入って、皆良い人だったんだけど、何かとつかかってくる先輩が居たんだ。で、去年の文化祭の準備をしている時、わたしの喉の調子が悪くなった。
これを絶好の機会とみたのか、わたし達が練習している時に先輩が「そんな歌で文化祭に出るつもり」って因縁つけて来て、無理して練習を続けていたの。
魔法使いについて知ったのは大体この時、わたしは「未弓アヤメ」と名乗った魔法使いに「今から文化祭の間だけでいいから、喉の調子を良くしてほしい」って願ったんだよ。魔法使いは代価について話そうとしたんだけど、わたしは聞く耳持たなくて喉の調子が良くなった事を良い事に練習に打ち込んでた。
無事に文化祭は乗り切ることが出来たんだけど、魔法使いがやってきてわたしに代価を求めてきたんだ。
代価は、本来受けるはずだった痛みを請け負う事。これが理由で、わたしの喉は手遅れなほどに傷つき、声を失くして、部活を辞めたの。
でも、どうしても声を取り戻したかったわたしは、もう一度魔法使いの所に行って喉を治して貰うように願った。返ってきた答えは、今のわたしでは代価を払えない。
だから、代価になるものを手に入れるためにどうしたらいいか尋ねたら、今度はわたしの声と引き換えに教えてくれたのね。
わたしの声はそのまま木の鈴になっちゃって、流石にわたしも驚いたな。本当はリハビリしたら話せるようにはなるらしかったんだけど、この時点でわたしはリハビリしても意味がなくなったの。
代価を得るためにわたしがした事は、学校の机の上に落書きをする事。思いつかなかったから、詩を書いてみたらすぐに反応が返って来た。それが、わたしが好きな人。
色々あって、仲良くなったんだけど、彼はわたしの声から生まれた鈴を持っていたんだ。声を取り戻すための代価は、この鈴に違いないと思って、わたし彼から鈴を盗んだんだよ。
でも、代価は鈴じゃなかった。彼には申し訳なくて、顔を合わせて返す事も出来なくて、また魔法使いに願ったんだよね。代価は返す場面にいる事で、魔法使いは姿が消える不思議な指輪を貸してくれてね、見てたんだ。
彼はわたしが盗んだことに気が付いていたみたいで、その場にいるのが辛くなったんだけど、分かったうえでわたしが悪くないって言ってくれた。信頼しているんだって言ってくれた。この時に好きなんだって気が付いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「また色々あって、わたしの声は戻ったけど、彼と会ったらまた失っちゃうんだ」
相槌を打ちながら話を聞く中で、アリスが僕の問いかけに妙な言い回しで答えていた事を思い出した。アリスは僕の質問に正直に答えないといけないから、嘘をつく為にわざわざ「答えられない」と言っていたのか。
「君に訊きたいんだけど、わたしの事君はどう思う?」
「どう思うって、どういうことですか?」
「わたし自分勝手だったでしょ? ずっと彼をわたしの我儘につき合せていたんだから。しかも、盗みまでして、きっと印象最悪だろうなと思って」
「僕には分かりませんよ。でも、彼はどうとも思わないんじゃないんですかね。
きっと、貴女と一緒に居て楽しかったでしょうから。むしろそれくらいの我儘なら、喜んで付き合うんじゃないですか?
盗みに関しても、気にしていなかったみたいですしね」
「そっか。それじゃあ、わたし行くね」
「何処に行くんですか?」
「魔法使いの所。今日君が来ることも魔法使いが教えてくれたんだ」
「他人のふりは、やめたんですか?」
「うん。名前は呼べないし、顔は合わせられないんだけどね。君が戻してくれた、わたしの声をなくすのは嫌だから。
でも、本当は君に会いたい。だから、魔法使いの所に行ってくるね。今なら声以外のどんな代価でも払えると思うから」
「その願い叶えてあげようか」
僕が「待って」と音無さんを引き留めるよりも先に、別の声がした。振り向く事の出来ない僕の背後で、二人の会話が始まる。
「魔法使いさん、こちらから行く手間が省けました」
「相変わらず、私には敬語なんだね。唄ちゃんも」
「カズトにはアリスって名乗ったんですね」
「これからは、唄ちゃんもアリスって呼んでね。
あと、カズト君こっち向いていいよ。私がいる間はノーカウントにしてあげるから」
アリスからのお許しが出て、ようやく二人の方を見る。間近で音無さんを見るのが久しぶりで、さっきの事もあって真正面から見られないので、アリスの方を向く事にした。
「カズト君久しぶりだね」
「久しぶりですね。もう会わないと思っていたんですけど」
「事と次第によっては、これから唄ちゃんより会うことになるよ?」
「どういうことですか!?」
僕とアリスの会話に音無さんが割って入る。何というか照れくさい。
「唄ちゃんの声をそのままに、二人がまた会えるようになるって願いを叶えて欲しいんだよね。私ね、前々からお手伝いさんがいてくれたらいいな、って思ってたんだ」
「つまり、わたし達が手伝えばいいんですか?」
「ううん。手伝うのはカズト君だけ。唄ちゃんはバンドがあるでしょ?」
音無さんが心配そうにこちらを見る。僕がアリスと一緒にいるのが嫌なのか、それとも僕だけに負担をかけるのが嫌なのかは分からないけれど、僕の答えは決まっている。
「それでまた、音無さん……ううん、唄ちゃんと会えるようになるなら、いくらでもお手伝いしますよ」
「だったら決まり、会えなくなるって魔法はもう解いてるし、わたしは帰るね」
「ちょっと待ってください」
全てが丸く収まりつつある今、アリスに関して気になる事がいくつも出て来る。お使いと称された僕に課された代価の殆どは、音無さんの声を治すためのもので、アリス自身に何かプラスになるようなものはなかったのだが、良かったのか。
手伝いが欲しかったのなら、こんな回りくどい事をせずに、三か月前に代価として要求すればよかったのではないか。
不思議そうな顔をしてこちらを見るアリスに、僕は「こうなる事が、分かっていたんですか?」と問いかける。
「ううん。でもこうなって欲しいな、とは思ってたかな」
首を振るアリスの言葉は真実だろう。アリスは僕の質問には、嘘をつかないから。
僕にアリスの思惑は分からないけれど、回りくどかったのはきっとアリス自身の為ではないと思う。だって、これだけやってアリスが手にしたものは、しがない手伝い一人だけなのだから。
「アリスも大概お人好しですよね」
「誰かさんには負けるけどね。あと駄目だよ? 女の子を放っておいたら」
アリスは音無さんの方を見たかと思うと、「じゃあね」と手を振って帰って行った。
アリスの言葉のせいで、音無さんを意識してしまい、まともに顔も見られない。思い切って顔をあげても、目が合って互いに笑って誤魔化し、そっぽを向く。
傍から見ていても、とても恥ずかしい場面だろう。
意を決したのか、音無さんが、躊躇いがちに、顔を真っ赤にして声を出した。
「えっと、カズト、さっきわたしのこと名前で……」
「あの、うん、ごめん。嫌だった?」
「ううん。すっごく嬉しい」
照れた様子を見せながらも、満面の笑みを見せる音無さんにつられて、僕も笑顔になる。
しかし、音無さんの顔はすぐに不安に染まった。
「ねえ、カズト。出来たら、告白の返事、もらえないかな?」
頬を朱に染めて、もじもじと落ち着きなく、上目遣いにこちらを見る唄ちゃんに僕は――――。
わたしの事を話す前に、この学校に願いを叶えてくれる魔法使いがいる事は知っているかな? 知らなくてもいいんだけど、実際にいて代価と引き換えに願いを叶えてくれると言う事は頭に入れててね。
わたしは去年入学した時に軽音楽部に入って、皆良い人だったんだけど、何かとつかかってくる先輩が居たんだ。で、去年の文化祭の準備をしている時、わたしの喉の調子が悪くなった。
これを絶好の機会とみたのか、わたし達が練習している時に先輩が「そんな歌で文化祭に出るつもり」って因縁つけて来て、無理して練習を続けていたの。
魔法使いについて知ったのは大体この時、わたしは「未弓アヤメ」と名乗った魔法使いに「今から文化祭の間だけでいいから、喉の調子を良くしてほしい」って願ったんだよ。魔法使いは代価について話そうとしたんだけど、わたしは聞く耳持たなくて喉の調子が良くなった事を良い事に練習に打ち込んでた。
無事に文化祭は乗り切ることが出来たんだけど、魔法使いがやってきてわたしに代価を求めてきたんだ。
代価は、本来受けるはずだった痛みを請け負う事。これが理由で、わたしの喉は手遅れなほどに傷つき、声を失くして、部活を辞めたの。
でも、どうしても声を取り戻したかったわたしは、もう一度魔法使いの所に行って喉を治して貰うように願った。返ってきた答えは、今のわたしでは代価を払えない。
だから、代価になるものを手に入れるためにどうしたらいいか尋ねたら、今度はわたしの声と引き換えに教えてくれたのね。
わたしの声はそのまま木の鈴になっちゃって、流石にわたしも驚いたな。本当はリハビリしたら話せるようにはなるらしかったんだけど、この時点でわたしはリハビリしても意味がなくなったの。
代価を得るためにわたしがした事は、学校の机の上に落書きをする事。思いつかなかったから、詩を書いてみたらすぐに反応が返って来た。それが、わたしが好きな人。
色々あって、仲良くなったんだけど、彼はわたしの声から生まれた鈴を持っていたんだ。声を取り戻すための代価は、この鈴に違いないと思って、わたし彼から鈴を盗んだんだよ。
でも、代価は鈴じゃなかった。彼には申し訳なくて、顔を合わせて返す事も出来なくて、また魔法使いに願ったんだよね。代価は返す場面にいる事で、魔法使いは姿が消える不思議な指輪を貸してくれてね、見てたんだ。
彼はわたしが盗んだことに気が付いていたみたいで、その場にいるのが辛くなったんだけど、分かったうえでわたしが悪くないって言ってくれた。信頼しているんだって言ってくれた。この時に好きなんだって気が付いたんだ。
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「また色々あって、わたしの声は戻ったけど、彼と会ったらまた失っちゃうんだ」
相槌を打ちながら話を聞く中で、アリスが僕の問いかけに妙な言い回しで答えていた事を思い出した。アリスは僕の質問に正直に答えないといけないから、嘘をつく為にわざわざ「答えられない」と言っていたのか。
「君に訊きたいんだけど、わたしの事君はどう思う?」
「どう思うって、どういうことですか?」
「わたし自分勝手だったでしょ? ずっと彼をわたしの我儘につき合せていたんだから。しかも、盗みまでして、きっと印象最悪だろうなと思って」
「僕には分かりませんよ。でも、彼はどうとも思わないんじゃないんですかね。
きっと、貴女と一緒に居て楽しかったでしょうから。むしろそれくらいの我儘なら、喜んで付き合うんじゃないですか?
盗みに関しても、気にしていなかったみたいですしね」
「そっか。それじゃあ、わたし行くね」
「何処に行くんですか?」
「魔法使いの所。今日君が来ることも魔法使いが教えてくれたんだ」
「他人のふりは、やめたんですか?」
「うん。名前は呼べないし、顔は合わせられないんだけどね。君が戻してくれた、わたしの声をなくすのは嫌だから。
でも、本当は君に会いたい。だから、魔法使いの所に行ってくるね。今なら声以外のどんな代価でも払えると思うから」
「その願い叶えてあげようか」
僕が「待って」と音無さんを引き留めるよりも先に、別の声がした。振り向く事の出来ない僕の背後で、二人の会話が始まる。
「魔法使いさん、こちらから行く手間が省けました」
「相変わらず、私には敬語なんだね。唄ちゃんも」
「カズトにはアリスって名乗ったんですね」
「これからは、唄ちゃんもアリスって呼んでね。
あと、カズト君こっち向いていいよ。私がいる間はノーカウントにしてあげるから」
アリスからのお許しが出て、ようやく二人の方を見る。間近で音無さんを見るのが久しぶりで、さっきの事もあって真正面から見られないので、アリスの方を向く事にした。
「カズト君久しぶりだね」
「久しぶりですね。もう会わないと思っていたんですけど」
「事と次第によっては、これから唄ちゃんより会うことになるよ?」
「どういうことですか!?」
僕とアリスの会話に音無さんが割って入る。何というか照れくさい。
「唄ちゃんの声をそのままに、二人がまた会えるようになるって願いを叶えて欲しいんだよね。私ね、前々からお手伝いさんがいてくれたらいいな、って思ってたんだ」
「つまり、わたし達が手伝えばいいんですか?」
「ううん。手伝うのはカズト君だけ。唄ちゃんはバンドがあるでしょ?」
音無さんが心配そうにこちらを見る。僕がアリスと一緒にいるのが嫌なのか、それとも僕だけに負担をかけるのが嫌なのかは分からないけれど、僕の答えは決まっている。
「それでまた、音無さん……ううん、唄ちゃんと会えるようになるなら、いくらでもお手伝いしますよ」
「だったら決まり、会えなくなるって魔法はもう解いてるし、わたしは帰るね」
「ちょっと待ってください」
全てが丸く収まりつつある今、アリスに関して気になる事がいくつも出て来る。お使いと称された僕に課された代価の殆どは、音無さんの声を治すためのもので、アリス自身に何かプラスになるようなものはなかったのだが、良かったのか。
手伝いが欲しかったのなら、こんな回りくどい事をせずに、三か月前に代価として要求すればよかったのではないか。
不思議そうな顔をしてこちらを見るアリスに、僕は「こうなる事が、分かっていたんですか?」と問いかける。
「ううん。でもこうなって欲しいな、とは思ってたかな」
首を振るアリスの言葉は真実だろう。アリスは僕の質問には、嘘をつかないから。
僕にアリスの思惑は分からないけれど、回りくどかったのはきっとアリス自身の為ではないと思う。だって、これだけやってアリスが手にしたものは、しがない手伝い一人だけなのだから。
「アリスも大概お人好しですよね」
「誰かさんには負けるけどね。あと駄目だよ? 女の子を放っておいたら」
アリスは音無さんの方を見たかと思うと、「じゃあね」と手を振って帰って行った。
アリスの言葉のせいで、音無さんを意識してしまい、まともに顔も見られない。思い切って顔をあげても、目が合って互いに笑って誤魔化し、そっぽを向く。
傍から見ていても、とても恥ずかしい場面だろう。
意を決したのか、音無さんが、躊躇いがちに、顔を真っ赤にして声を出した。
「えっと、カズト、さっきわたしのこと名前で……」
「あの、うん、ごめん。嫌だった?」
「ううん。すっごく嬉しい」
照れた様子を見せながらも、満面の笑みを見せる音無さんにつられて、僕も笑顔になる。
しかし、音無さんの顔はすぐに不安に染まった。
「ねえ、カズト。出来たら、告白の返事、もらえないかな?」
頬を朱に染めて、もじもじと落ち着きなく、上目遣いにこちらを見る唄ちゃんに僕は――――。