【完】素直じゃないね。


すると、石に引っかかって手提げ袋が止まった。


川に入って、十数メートルほど歩けば取れる。


だけど、足が地面に張り付いたように動かないのは、あたしが泳げないせいだ。


小さい頃、近所の市民プールで溺れたのがきっかけで、水が苦手というかトラウマがある。


水の流れはとても早い。


浅い川だから、泳がなくても歩いて行ける。


だけどもし足を取られたら、そう思うと足が竦む。


怖い。……けど、取りに行かなきゃ。


充樹先輩への感謝の気持ちを込めて作ったクッキー。

受け取ってもらえるかわからないけど、充樹先輩に作ったんだから。


今ここで手放したら、大切なものを見捨てることになる、そんな気がして。


あたしはぎゅっと拳を握りしめると、一歩、川に踏み入れた。


途端に、体全体に痛さの混じる寒さが走った。


水位は膝下ほど。

頑張れば、きっと手提げ袋のところまで辿り着ける。


そして川の流れに逆らいながら、もう一歩足を進めた、その時。


「──つかさっ!」


風をきる矢のように、あたしの名を呼ぶ声が、飛んできた。

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