甘美なキョウダイ
そんなことを私は悶々と考え、隣では新婚が会話に花を咲かせて数十分が経過したであろう時。
ピアノの生演奏の音や静かにあちこちのテーブルで交わされていた会話だけが響く落ち着いた空間に、ざわりと揺れが走った。
どうしたんだろうと何気なく入り口の方に視線を向ける。
同じようにそちらを見た優香さんが「あらやっと来たわね」と言い、私も思わず近づいてくる悠斗さんと美優さんに息を飲んだ。
車に乗るときにチラリと見たスーツ姿の悠斗さんと淡い紫色のワンピースを着た美優さんだけれど、このレストランの微かな柔らかい明かりに浮かぶ二人の美しさは筆舌に尽くし難い。
スーツ姿の悠斗さんはまさに格好良さやら上品さやら色気やら大人の男の人の魅力が引き立てられている。
美優さんは膝上10センチの短めのワンピースから惜しげもなく長くて細い陶器のような綺麗な足を晒し、肩も鎖骨下まで開けられている。
つまりこの場にいる誰よりも、この高級ホテルの最上階レストランと言う場所が似合ってしまう二人がドレスアップして来たのだ。
注目を浴びるのも当然と言ったところだろう。
けれど二人はそんなこと気にする素振りも見せず、寄り添って歩いている姿はもうどう見てもお似合いのカップルにしか見えない。
これは兄妹って事前に知らないと絶対に兄妹とは思えない。
何でだろうか。二人が似ていないと言うこと以上に二人の雰囲気が周りとはどこか違う雰囲気だからだろうか。
「西條さん、お待たせしました。お久しぶりですね」
テーブルの傍へ来た悠斗さんはここから見ると薄暗い中で笑みを浮かべ、隣の美優さんの肩に手を乗せた。
美優さんはそんな悠斗さんを振り返ろうとするものの、直ぐに躊躇ったように彷徨った視線はお父さんに向けられる。
「久しぶりだね、悠斗くん。格好良くて思わず男の僕でも見惚れてしまったよ。……隣の可愛らしいお嬢さんは美優ちゃんだね?今更だけど初めまして、西條拓弥です。まだ慣れないと思うけどよろしくね」
お父さんは出来るだけ丁寧に柔らか気に美優さんに話しかけた。
……分かるよその気持ち。
お父さんは血統書付きの人に怯える猫に何とか一歩近づこうとしているような気持ちなんだろう。分かる。
「……美優です。初めまして。…悠斗、兄から西條さんのことは聞いてます。とっても優しいって。これからよろしくお願いします」
確かに言葉を一つ一つ選んでいるのかゆっくりなペースで美優さんはお父さんに挨拶を返したけれど、うっすらと浮かべられた笑みに過度な心配は杞憂だったと分かった。
きっとお父さんも内心ほっとしている筈だ。
これなら直ぐにお父さんとも私とも打ち明けることが出来るかもしれない。
「さて、じゃあ二人とも座って。早速食事を運んでもらおうか。とっても個々の料理は美味しくてね、僕のお気に入りの場所なんだよ」
お父さんの一際明るい声が響き、お父さんの目の前に悠斗さん・優香さんの目の前に美優さんが座った。
そして主に優香さんとお父さんと悠斗さんが会話をし、美優さんと案の定緊張して食事がなかなか喉が通らない私にたまに言葉が投げかけられ、初めての家族での食事は穏やかに進んでいった。