甘美なキョウダイ
No side*
「……」
無言で車内から流れる景色を虚ろに見ている美優を見て、悠斗は小さく息を吐いた。
これは想像以上に厄介だと悠斗は眉間に皺を寄せる。
前を走る優香と志保を乗せた拓弥が運転する車を見据え、タイミングよく目の前に現れた交差点の前でスピードを落とし、右折してきた車を何台か前に走らすことで距離を取った。
要は上手く拓弥の車を巻いたのである。そのために自分から後ろを走ると申し出たのだ。
そして運よくカーナビに視線を向ければこの先渋滞だと表示されている。……このぐらいなら一時間は誤魔化せるか、と悠斗は頭で拓弥に伝える言い訳を考えた。
一時間あれば何とかなるだろう。
そう考えた悠斗は渋滞に当たる前に直進するべき交差点を曲がり、完全に帰宅経路から外れた。
そんな行動を取った理由は悠斗の隣で悠斗に話し掛けてさえ来ない美優だ。
今日の拓弥と美優の顔合わせは表面上は満悦に済んだものの、笑顔の裏で耐えていた美優は車内で悠斗と二人きりになった途端もぬけの殻になったかの如く憔悴してしまっていた。
きっと今あの家に帰っても美優は更に気を病むだけだ。
(俺に触れたがって来るだけだと思ったんだがなぁ……)
どうやら新しい“父親”と会話を交わしながら食事を取ることは美優にとって予想以上のストレスだったようだ。
テーブルの下で手を震わせてさえいた美優にどうしようもない程の劣情が悠斗に込み上げる。
あんな美優を助けてやることが出来なかった。
あぁなると分かっていてそれを自分が推し進めた。
きっとそれが美優の為なのだ、と疑心暗鬼になる感情を抑えての強行突破は完全に美優に傷を増やすだけで失敗以外のものに他ならない。