甘美なキョウダイ





少し悠斗が車を走らせたところに大型ショッピングモールがあり、まだ時間は大丈夫だろうと空車を示している地下駐車場に車を滑り込ませた。




性急な手つきで機械的に出される駐車券を窓から身を乗り出して掴む。



悠斗はらしくなく焦っていると言うことは自分でも分かっていたが、限られた時間しかないこの状況でどう美優に声を掛ければいいか考えあぐねていたのだ。





美優のこととなると余裕がなくなっていけない。




時間が時間の為人気もなく空いているスペースが過半数を超えた、人によっては不気味と感じる駐車場。そこでも特に閑散とした周りに車がないスペースに車を止め、エンジンを切った。






かちゃりとシートベルトを外して美優のシートベルトも外してやる。





そこでやっと美優が悠斗の方を向いた。




どうしてこんなところに、と問うまでもなく美優は自由になった体で悠斗に手を伸ばした。




悠斗は優しく、壊れ物に触るかのように優しく美優の手首を掴んで体を乗り出す。




その際に開いている片手と肩で助手席の座席を倒し、その勢いでバウンドした美優の体に覆いかぶさった。






「美優。もう何も思い出さなくていいよ。美優に触れるのは俺しかいない」




拓弥さんもそんな無粋な真似はしないよ、と内心浮かんだ言葉を悠斗は口には出さない。




きっと美優がそんなこと信じる筈もないし、こんなに苦しんでいる美優を見ても信じなくていいと思っている悠斗もいるんだから。




美優の凝り固まった表情を解すように美優の頬を撫で、握っている片手は美優がピクリと指先を動かしたのを見て解放した。




上から見下ろす美優の瞳に浮かんでいるのはただの恐怖だ。悠斗ではない何かを美優は見て、怯えている。




そんな美優の目を閉じるよう瞼に唇を落とし、震え出した手で悠斗の首に回された腕に…悠斗は心から安堵した。





そう、美優は俺を避けることはない。俺を拒むことはない。





俺以外の男は全て拒んだとしても俺がいる。





悠斗の胸に浮かんだのは仄暗い感情。




愛しい愛しい美優を更に愛しく思う自分の欲にまみれた感情。



それですらも美優はこうして受け入れるのだ。




そんな美優を更に自分の熱で染めようと悠斗は美優の唇を唇で愛撫する。





大人の男に恐れている美優を性的なそれで攻め立てる。




チュクリ、と鳴る卑猥な音を美優の唇を貪りながらもどこか冷静に悠斗は聞いていた。




(結局俺はどこまでも自分勝手な人間じゃないか)




けれどそんな思考でさえ、今の悠斗にとっては自分の熱を昂らせる一因となる。



背徳的で艶美的な闇の奥底まで堕ちてしまいたかった。




その闇の一端に触れるよう短いワンピースの裾から美優の太ももを真っ直ぐ指先で撫でていく。




「んぁ、っ」




突然の感覚に思わずくぐもった声を上げた美優は、無意識のうちに膝をすり合わせた。




「……ゆ、と。悠斗、悠斗」



そしてジワジワと上に這い上がってくる悠斗の手に、その手が生み出し始めた快楽にうわ言のように美優は悠斗の名前を呼ぶ。




悠斗はそんな美優の声さえ掻き消すように唇を塞ぎ、美優の舌を自分の舌に絡ませ美優の喘ぎを飲み込んだ。




ツーっと美優の細い首筋につたったどちらのモノか分からない唾液を見て、悠斗は指でそれを掬い上げる。



敏感になっている美優はその行為に思わず身を捩り、こつんとヒールが車内のどこかに当たった音が響いた。




狭い座席の上で、事に至るには狭すぎる車内で、しかも周りに車はないと言っても誰も見ないと断言できないこの屋外ということを意識させるには十分な音だった。




もちろん完全に理性が飛んだわけでもなく、こんな状況だからこそ冷静な頭であった悠斗は美優の唇をゆっくりと解放した。






「……体痛くない?」



顔の距離が近いままそう聞いて来た悠斗に美優は小さく頷く。




「……もうあの家には帰れそう?」




そして悠斗の先ほどの暴欲的なまでに熱い熱を孕んでいた瞳は落ち着いたものに変わっている。



そんなことを思った美優は先ほどまで思い出していた恐怖がいつの間にか消えていると分かりもう一度頷いた。




悠斗はそんな美優を切なげに見下ろして覆いかぶさっていた体を起こした。




「……今日、一緒に寝たい」




美優はそれは無理だと分かっていたけれど、氷が溶けた後に残った悠斗への想いを口に出す。




まだ美優に残る苦しいまでの悠斗の熱に触れていたかった。




隣にいるだけでいい、と。お願い、と。またあの夢を見そうなんだ、と。




そんなことをすれば何のために今日こんな思いまでして拓弥と食事をしたのか分からなくなるが、悠斗は今日だけ耐えてほしいと思っているのも気づいているが、何も知らないふりをした。





ただ加護を強請る無垢な少女を演じた。






「……分かった。なら美優は寝てて。俺がお姫様のお望みの通りにしておくから」





確信犯で我儘を言う美優に悠斗は小さく笑うけれど、それは困った笑みではなく自分をどこまでも頼る美優に対する優越感なのかもしれない。




シートを元の角度に戻した悠斗は、何故寝る必要があるのかと視線を送って来る美優の額に王子様顔負けのキスを落とした。




エンジンを入れる前にスーツのジャケットを脱いで美優の膝に掛けたと言う行動は本当に眠れと言うことなのだろうか、と美優に思わせた。




実際はまだ冷めない熱を持った悠斗が美優の足に手を伸ばしたくなる欲を抑えるためのモノだったのだが。




駐車場の地下から地上に出て車を走らせる悠斗を横目にさっきまであんなことされてたのに寝れる筈がない、と黒に塗られた外の景色をフロントガラスから眺める。




でもそんな美優は信号で赤になるたびにキスを落としてくる悠斗に「寝れるわけない」とボヤキながらもしっかりとその唇を受け入れていた。




そんな移動は悠斗が予想していた一時間きっかりで行え、まだ言い訳が通じる範囲の時間で悠斗は家の車庫に車を止めることができた。





「さぁ美優。寝たふりして」




シートベルトを外しながら言われた言葉に、あぁなるほどと今更ながら悠斗の言葉を理解した。





「その前に靴脱いで足元に置いといて。寝たふりしている間は俺のシャツを離さず強く掴んで、顔は俺の方に向けといて。美優寝たふり下手くそだから」





「……分かった」



と、今まで寝たふりをするたびに悠斗に見破られてきた美優は素直にうなずいた。




そして悠斗がやろうとしていることを理解する。……なるほど、単純だけど兄妹としてなら何も違和感はない。



ただ寝てしまった美優を起こさないように抱えたら、美優が悠斗の服を離さないので今日は悠斗の部屋で寝かせると言うことだ。





でも兄妹で通じると言っても、もっぱら妹の年齢は幼稚園児が精々相応しいような計画だけれども。




それでも一緒にいられるなら何でもい、と一足先に車から出て助手席のドアを開けた悠斗に手を伸ばして抱き上げてもらう。




「……お姫様抱っこじゃなくていいの?」




悠斗から少しからかいを含んだ口調でそう言われるもんだから、美優は「姫は何抱きでも姫抱きになるものよ」と不安定な体制で揺れるためあんまり好きではないお姫様抱っこを回避した。





「……さて我儘お姫様のために従者は頑張りますね」




クスクスと耳元で笑う悠斗。




美優は目を閉じながらも、そんな悠斗の襟を両手でひっつかみ絶対に離すもんですかと揺れる感覚に手に力を込めた。













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