甘美なキョウダイ
悠斗はそこを掴むか、と思いながらも美優を落とさないように器用にドアを開け「ただいま帰りました」と声を上げる。
すると悠斗たちを待っていたのか「お帰りなさい」と玄関ホールにやって来た優香と拓弥。
だが悠斗に抱えられている美優を見て目を見開いた。
「美優ちゃん体調が悪くなったのかい……?」
心配そうに様子を伺ってくる拓弥さんに悠斗はにっこりと笑みを浮かべた。
「いえ、寝てしまっただけです。気疲れしたんでしょうね。起こすのは可哀想だからこのまま寝室に運びます」
そう言って靴を脱ぐため二人にわざとらしく背後を向けた悠斗に、案の定「あら」と優香が声を上げた。
「……美優あなたから離れるの?」
「起こさない程度には何とかしようと思ってるけど無理だったら俺の部屋に運んでおく。……まだ美優の部屋は荷物が散乱してるしね」
「……そう」
いつもよりワントーン下がった声を出す優香に、日中優香から言われた言葉を悠斗は思い出していた。
『私の理想を壊さなければ何だって好きになさい。でもそれはあなたの家でだけよ。ここでは絶対に兄妹から外れることは許さないわ』
決して拓弥には見せないような顔で、声で優香は何度も“理想”を口にしながら悠斗に言い聞かせたのだった。
幸せで裕福な家族の中心になって自分が笑っている理想。そこに兄妹に肉体関係なんて当然ながら存在しない。
普通の親なら、そう普通の親なら怪しい行動を二人がしている時点で止めに入ったり怒ったり悩んだりするだろう。
けれど優香にとって自分の理想を壊さないのなら二人がどうなっていようと些細なことであった。
やっと掴み取ったこの生活を乱さないのなら、乱さない場所で何をしていようが優香にとって関係がなかった。
だがもともと自分は普通ではないと自覚している悠斗にとって、この優香の考えは理解できると共に共感さえ出来るものだった。
だから何もしないと約束した。素直に受け入れた。
その言葉の通り美優を自室に引き入れても何もするつもりはない。ただ自分を必要としている美優の傍にいるだけだ。
「……なら美優のワンピースは明日直ぐにクリーニングに出しておくわ」
優香が何を思ってその言葉を口にしたのか悠斗は分からなかったが、どうやら咎めるつもりはないようだ。
いつもの声色に戻った優香は「重たいでしょう。早くベッドに寝かせてあげなさい」と言い笑みを浮かべた。
「……そうだね。じゃあ拓弥さん今日はご馳走様でした。また今度お酒もご一緒させてください」
今は10時を少し過ぎた所だろう。
暗に自分ももう寝ると伝えた悠斗は「お休み」と返してきた拓弥の言葉に笑顔で返し、優香を見ることがないまま階段へと向かった。