あの頃、きみと陽だまりで
『情けない話、先生、家では全くダメな父親でな。……娘が高校でいじめられてたこと、微塵も気付けなかったんだ』
『いじめ……?』
『職場で生徒たちの話は聞けるのに、家で自分の子供の話はまったく聞けてなくてさ。忙しさを理由に、顔を合わせることもまともにできなかった』
それは、深津先生の家庭の話だった。
俺たち生徒のために頑張ってくれている。それはつまり、その分自分の時間を削っているということで、自分の子供とは上手くいっていないのだろう。
『それが、一学期の終わりに警察から連絡来てな。電車に飛び込んで自殺しようとしてたんだって。……それくらい、心が極限状態だったんだろう』
自殺。
自ら電車に飛び込もうとするなんて、まだ高校生の女の子がそれほどまでに追い詰められていた。
『もしかしたら、その瞬間に自分の娘を失ってたかもしれないって、そう思ったら怖くなった』
深津先生はその時の気持ちを思い出しているのだろうか、微かに震える手で、ペットボトルをぐっと握る。
『そんな思いを知ってる親の立場から言うよ。つまずいても、見失って迷ってもいい。だから、生きてくれ。それだけでいい。お前のご両親も、心の底ではきっとそう思ってる』
そう言った深津先生は、目にかすかに涙を浮かべていた。
不思議だ。
親はこんなに想っているのに、きっと娘には伝わっていないんだろう。
けれど、それは俺だって同じなのかもしれない。
向こうがどれだけ思っているかなんて、わからない。
目に見えない思いは、完全に伝え合うことは出来ない。
けど、『理由なんてこれから見つけていけばいい』か……。
いつか、生きていてよかったと思えるほどのことと出会えるのだろうか。
いつか、この人のために生きていきたいと思うほどの人と出会えるのだろうか。
……出会えるかも、しれない。
そう思うと、ほらまた、胸に希望は膨らんで。
歩き出そうと、前を向けた。